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ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

 「ベイビー・ドライバー」

 

原題:Baby Driver
エドガー・ライト監督
2017年、米・英合作

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【音楽カッコイイ!】

全篇 音楽のつかいかた!!
むちゃくちゃカッコイイ!!
劇中の人の動きや物音と 音楽のタイミングを
ぴったりシンクロさせるの すごくおもしろい。
よく考えたらオペラやミュージカルは
まさしくそれをやる芸術なわけだが。

本作では車の排気音、アイドリング音、
方向転換するときのタイヤのこすれる音、
ワイパーのふいふいゆれる動きやその音、
発砲音や爆発音といった さまざまな音と
サウンドトラックのビートとが
完璧にマッチしたかたちで表現される。
単におしゃれでカッコイイだけでなく
車が踊っているように見えた。
お気に入りの音楽にノッてベイビーが楽しそうだから
ベイビーが運転する車も、楽しそうに見えたのだ。

ブルースエクスプロージョンを車のなかでかけまくって
ひとりエアライブをする「ベイビーのおるすばん」
カフェでコーヒー買って持ち帰る「ベイビーのお使い」
これらのシーンだけでも本作を 観る価値はあった。

わたしも音楽は好きだ。身近にも音楽好きの友人は多い。
本作を観終わったあと、そんな友人たちにぜひとも
この映画のことを教えたい、という気持ちになった。
一緒に観ることができたらよかったのに。とも。 

好きな音楽がサウンドトラックとして
続々登場したのはうれしかった。
興奮しすぎて気の休まるときがなかった。

 

【ベイビーに惚れる】

アンセル・エルゴートが演じた
ナイーブな青年・ベイビーが大好きになった。
見た目といい、しぐさといい、声といい
「ファンタスティック・ビースト」シリーズの
ニュート・スキャマンダー(エディ・レッドメイン)に
次ぐ、良いキャラクターだった。

 

【疑問:イヤホン装着の理由は本当に「耳鳴り」か】

ベイビーは幼い頃、交通事故で耳を傷め、
耳鳴りに苦しめられるようになったので、
そのイヤなノイズをまぎらすために、
常にイヤホンをつけ、爆音で音楽を聴いている。
だが、耳鳴りをまぎらすためとか、そんなのは
ベイビーにとってみれば、
自分の置かれた状態を他人にせんさくさせないための
方便にすぎない(という設定)だろう。
たしかに彼は幼い頃、交通事故に遭ったし、
それで耳鳴りが出るようになったのも事実のようだ。
だが彼のミュージックフリークは
シンガーだったらしい亡きおっかさんの
英才教育のたまもの、まさに筋金いりだ。
たとえ耳を傷めなかったとしても、
幼い頃からの音楽好きが高じれば
現在のようなイヤホン常時装着のスタイルに
自然になっていったことだろう。

 

【耳鳴りの描写が控えめすぎる】

その点については、観てて最初から気になってた。
ベイビーが絶え間なく苦しめられているという
「耳鳴り」の描写が、それほど強烈な印象をもって迫ってこない。
仕事相手にちょっかいをかけられて
イヤホンをひっぺがされるシーンがあった。
そんなときこそ、彼の耳に聞こえている不快なノイズが
わたしたちに伝えられても良かったはずだ。
なぜイヤホンを外すんだよ!と怒っても良かったと思うし。
もし本当に耳鳴りがイヤでイヤでたまらず、
音楽でも聴かなきゃやってられない、というなら
彼の耳に聞こえているという、うっとうしいノイズを
一度は観る者に聞かせる機会を作り、
「ベイビーはこのノイズがイヤなんだね」と
納得させるべきだったのではないか。
でも、その耳鳴りがそれほど印象的に描写されない。
物語も終盤になると
ベイビーはもう、イヤホンを外しているときさえある。


【ベイビーの本当の問題】 

本当は耳鳴りなんて聞こえてない
とまでは さすがに思わないが、
ベイビーの問題はもっと深いところにあるのではないか。
ひとつわかるのは、彼が
「音楽によって、耳をふさいでいたい」
「どうせ聞くに値するものなどないのだから
 外の音/世界とは隔絶された所にいたい」
そのあたりのことを考えているということだ。
つまり、彼は
「外の音/世界に身をさらすのが好きじゃない/怖い」。

 

【ベイビーの生育環境と音楽】

ベイビーの亡き両親の夫婦関係は最悪であった。
ベイビーはふたりの烈しい言い争いや
父の暴力の嵐が吹き荒れる家庭のなか
なすすべもなくおびえる子ども時代を過ごした。
だが、そんなとき
幼い彼の心をほんの束の間、温かい所に連れ出し、
優しく包んでくれたものがあった。
それはかつて両親から贈られた「iPod」。
母の影響で音楽大好き少年に育っていたベイビーにとってみれば、
iPod」につめこんだ音楽に心をうずめ、
ベッドのなかで身を固くして、ただ「待つ」、
それは両親のすさまじい不仲というつらい現実から
心を守る、ほとんど唯一の手段だったのだ。
そして家族3人での外出のおり
両親は車のなかでまたぞろ激しい口げんかをはじめ
不注意で、車が前にいた別車両に激突。
前列座席にいた両親は即死したとみられる。

回想シーンから推察するに、このとき
ベイビーはまだ10歳やそこらだった。
一瞬にして孤児になったことを考えると
ハードな人生のこれが幕開け、という感じだが
ものごとってなんでも、ある面が見えたら
また別の面もあるってことを考えるべきで
ベイビーの身になって考えれば、この日は
しんどかった「険悪な両親との暮らし」から
やっと解放された記念日、とも言えなくもない。
早めにひとりになれて良かったじゃないか、とさえ
言ってやりたくなる。

 

【母への愛憎】

そういう見かたで裏、表、裏、表・・・
とパタパタやり
ながら観ていくと
ベイビーって子がいとおしくなる点があって、
というのもベイビーは、両親を愛していたのだ。
彼の眼を通した回想シーンを観てると、それがよくわかった。
DVオヤジであった父のことさえ、ちっとも憎んでない。
ベイビーの心のなかにあるのは、傷とかなしみだけだ。
それだけにというか、彼の抱える問題はとてもややこしい。
「彼が愛した音を奏でた人」は、
「聞きたくなかった音を彼に聞かせた人」
でもあるのだ。
ベイビーは母を慕い、その歌声を愛した。
でも、その母は(好きこのんでしたわけじゃないが)
夫との醜いいさかいを絶えず聞かせ続けたことで
息子の心の耳に、傷を負わせてしまったのだ。
大きく言えば ベイビーは
「最愛の存在から本質的に裏切られ続けていた」
ことになり、
これじゃあ彼が
世界を上手に信じることができなくなったのも理解できる。
長じたベイビーが、イヤホンの奥の音楽の世界にしか
容易に心を開かないのは
(わたしなどがあえて言うまでもないことだが)
この幼い頃の体験の延長と考えていいのだろう。
ベイビーは、生前の母の歌声を収めたカセットテープを持っている。
だが「Mom」とラベルを貼ったこのテープを、
彼はなかなか聴くことができない。
聴けないのに後生大事にとってあるのだ。

ベイビーと音楽の関係は、
そういうところから考えると
複雑だ。
音楽は記憶をよびさます。
ベイビーにとって、音楽は愛であり、お守りだ。
だが、裏切りと傷の記憶をつきつけてくるカギでもある。
彼があんなにもいろんな音楽を聴きまくるのは、だからだろう。
音楽プレイヤーをいくつも持っていて、
それぞれに別の音楽を詰め込み、
気分によって持ち替えていると言っていた。
どの音楽も、もちろん気に入っているようではあったが、
かといってどれか1曲に強くこだわっているようには見えない。
ひとつの音楽にこだわりすぎて、
それが思い出と似てしまわないようにしているのだろう。

 

【聞こえない里親との、優しい関係】

交通遺児となったベイビーには、里親のジョーがついた。
この心優しい育ての親は、足と耳が不自由だ。
物語の構成上は単に、
若くて動けて音に敏感なベイビーとの
コントラストをきかすためにあえて
「若さ」「動き」「音」を持たない人物をぶっつけた、
というだけのことだろう。
だけど、ベイビーの心を思えば、
その癒やしのためにジョーという存在が
どれほど寄与したかがわかる。
ふたりのコミュニケーションがいかに豊かで、優しいか、
ぜひとも 映画を観て確かめてみてもらいたい。
ベイビーには、「変化がなく静かで、ひたすらに優しい」
そんな世界で、
ゆっくりと過ごす時間が必要だったのだ。

 

【ベイビーの旅立ち】

人生の転機とかいったものって、なかなかうまくいかないもので
こちらの準備がととのって、ハイいつでもどうぞ!
というときに、到来してくれるとは限らない。
まず「転機」のほうが先に来て、
とりあえずそれに乗っかっちゃうとすれば、
「準備」は あとから、ってのがほとんどだ。

だが映画なのでベイビーの場合
転機がここってときにちゃんとくる。
デヴィーとの出会い、
デヴィーとジョーを心理的に人質にとられた状態での最後の任務。
外の音を耳に入れてもいい、という気になってたかどうかは不明だが
いまにも閉ざされそうな道を切り開こうと、彼はイヤホンを外した。
なんなら一時は商売道具の車から降りて、自分の足で走った(笑)。
さすがにダメだなと思ったみたいですぐ運転席に戻ったが。
愛した者を守るために自力で何かする、
それができなかった
くやしさこそ、
彼の傷の最たるものだったのだから
こうして必死に走る過程で彼は自分自身を救ったのかなと思う。

闘いを終えたベイビーとデヴィーのドライブの
美しさといったらなかった。
ちょっとやりすぎと思ったくらいだった。
彼はこのドライブでついにおっかさんのテープを聴くことができた。
思えば車中のような狭くて安全な空間は
おっかさんのお腹の中、と考えることもできるし
イヤホンのコードは、へその緒と、穿ってみることもできるんだろう。
何と言ってもコードネームが「ベイビー」なのだし。
ベイビーは、生まれ直すときを待っていたのかなと思う。

 

【ボスがキモチワルイ】

ケヴィン・スペイシーが非常に気持ち悪くてよかった。
一見、大学教授みたいな謹厳・重厚な存在感だけど
よーく観察するとどこかカタギじゃない、
腐ったようなにおいがする。
すごくヘンな感じをよく出していた。
なんだったんだあの男は。
彼がベイビーに寄せる感情は、わかるようで、ちょっと不可解だ。

 

【悪役はちょっと物足りなかったか】

ジェイミー・フォックスを筆頭に
ベイビーが最後の仕事で組んだメンバーたちは
悪者としてはスケールが小さく、やや物足りなかった。
デヴィーの髪のひとふさか、耳たぶか指1本あたり
ナイフで平気で切り落とすくらいの
いかれたかんじがほしかった。
そのくらいの敵をぶつけていかないと
ベイビーの長年の苦労が安く見えはしないか。
まあ敵というか乗り越えるべき壁、であるのだが。
ジェイミー・フォックスは頑張っていたけれども、
あの人は頭のよさと人のよさとがにじみ出ちゃって
どうも嫌われ役が、わたしのなかでハマらない。

しかし、たまりませんなー。
なんですかね~ ほんとこういう映画 困りますな。
気を抜いているときに、こういうのに迫ってこられると
心をかっさらわれますわなー。
オープニングのベイビーのエアライブ
もう1回観たいな~。

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お絵描き中。