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ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

『鑑定士と顔のない依頼人』

 

 

原題:The Best Offer
ジュゼッペ・トルナトーレ監督
 2013年、イタリア

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トルナトーレ監督っぽくない、と最初は思ったが

2回観て、考えが変わった。
あの人は、人の心の革命を描く。
過去のできごとや人間関係や場所に閉じ込められた人が、
そこから一歩出ようとする、その顛末。
時・人・場、いずれにしても大差はなく、
閉じ込められているように見えて、自縄自縛。
「今よりもっと傷つくのが怖いので、そうなるくらいならば、
現状維持のほうがマシである」。
本作も結局のところ、そういうことの物語だ。

だれが首謀者か。なぜオールドマンを陥れたか。
「時計台」と「ナイト・アンド・デイ」の話はウソじゃなかった。

 

【序盤のシーン】

隠し部屋で、美女の肖像画コレクションを堪能するところ。
高天井の広い部屋、壁一面の肖像画
女性たちの表情や視線にどきどきさせられた。
BGMの女声アンサンブルが神秘的で美しい。
それに、2時間ちょっとの上映時間で、
あのシーンに割かれた時間の長いこと!
ハリウッド製じゃない外国映画を観ると、
表現において何を重要視するかの基準や、
どう説明すればわかりやすいかの感覚が、
人によって違うということを、実感する。
あれはオールドマンの心理傾向、
女性性への畏怖を
表現したシーンだとおもうけど、
わたしがもしも監督だったら、オールドマンが
このような心理傾向を強めたわけを彼の過去に求め、
回想シーンとかセリフで具体的に説明しただろう。
でもそうじゃなく、膨大な肖像画コレクションを
たっぷりと観る者の目に焼き付けることで伝えてきた。
そこが、別の人の感覚だ。

 

【首謀者はロバートか?】

向かいの店の女性客によれば、ヴィラは彼女の所有物件。
映画関係者に貸すこともあるが、
この2年間はロバートにレンタルしていた。
謎だなあ。最初はてっきりビリーかと思ったが
それはカフェの女性の発言を
わたしがよく理解してなかったからだった。
ロバートが屋敷を借りなかったらこの話は始まらない。
ロバートを首謀者とする方が、考える作業がスムーズだ。
でも、それもある程度のところまではだ。
途中で行きづまっちゃうんだよ。
ビリーの線で考えてみても同じこと。
ビリーの線の方が、より早い段階で壁にぶちあたる。

ロバートを首謀者とすると、あの屋敷を借りたのはなぜか。
オールドマンを陥れるために借りたわけじゃなかったのかも。
カフェの女性がロバートにヴィラを貸したのは「2年前」。
家具の搬出入は「1年半前」から始まった。
家を借りてから半年間、ロバートは何を考えていたのか。
借りた家で何をするかを考えていたのか?
用途が不明確なまま、家借りるか?
2年も借りて、家具まで運び込んだら金が相当かかる。
老人をハメるのにそんな大がかりな装置、必要か?
ロバートはでも、屋敷を借り、1年半もかけて準備をし、
オールドマンを誘い込んだ。なぜ!
・・・
オートマタを組み上げたかった、それくらいしか
ロバートに、動機を見出せない。それで納得するには、

<その1>
ロバートは、借りた屋敷に、貴重な200年前の
オートマタの部品が落ちていることを知っていた

<その2>
部品はロバートが外から運び込んだものではなく
あの屋敷に元もと落ちていたものである

<その3>
ロバートは、オールドマンの目に留まりやすいよう
若干の不自然さを持たせて、
部品を床に置き直した

<その4>
ロバートは屋敷を借りたが、屋敷に元もとあるものを
勝手に直す・持ち出す権利は与えられていなかった

・・・すくなくともこれらをクリアしていなくちゃ。
だけど作中に「はいそのとおり」と示してくれる
エピソードは、ない。<その4>はかなりキツい・・・
ヴィラの所有者は「家の中のものに指1本でも触れるな」
というタイプには見えない。
ロバートであれば、気難しい女性もあの手この手で篭絡し
あら部品くらい持って行きなさいよ、と言わせただろう。
だから自分で部品を持ち出すのでなくオールドマンを使ったことの
説得力が・・・アレだなあ。それに、リスクをおかさずとも
正直にオールドマンに話して、助力を請えばいいではないか。
前にあのヴィラでオートマタの部品らしきものを見たんです。
組み上げてみたいけど、
自分では持ってこられなかったので、
こっそり回収してもらえませんか。
やっぱロバートの線は弱い・・・のか・・・?

ロバートは機械工作の専門家だ。
美術の仕事で映画製作に関わることもあるかも。
ヴィラに足を踏み入れたのはそれがきっかけ。
そのとき室内に、200年以上前のオートマタの部品を発見。
幻の逸品だ。プロとしてはぜひ組み上げてみたい。
でもたとえ古い部品ひとつでも、勝手に持ち出すことはできない。
オートマタ1体組み上げるのには、元の部品が全体の80%以上必要。
それだけの量の部品を無断で持ち出したら、バレるかも。
仕事で屋敷に出入りしていたときには、だからさすがに
部品を失敬することは断念。でも、オートマタを作ってみたい。
そこで、思い切って屋敷を借り上げ、
映画の現場で知り合った美人女優に協力を頼み・・・
みたいな感じか。
オールドマンがクレアに惚れる確証まではなかったかも。
オールドマンが大学の卒論のテーマにするほど、
200年前の機械人形作家に傾倒した経歴も把握してなかったろう。
だが、オールドマンほどの一流の鑑定士であれば、
あの屋敷に入ればきっと自分の狙いどおり
オートマタの部品に目を留め、回収してくれる、という期待はあった。
クレアの色仕掛けはそれがうまくいかなかったときのプランBか、
ちょっとした余興みたいなもののつもりか。
「この部品、持って行けば?
 何か知らないけど、組めばきっと動くわよ」
とかなんとかクレアが持ちかければ・・・。

屋敷の調度品は大道具業者か何かからの借り物だろうから、
クレアが売却をやめると言い出したのは、道理だ。

だが、オートマタを作ってみたいというだけで
老体をあんな目に遭わすか?
気難しく偏屈だけれども、
彼がロバートに理不尽な意地悪をしたことなどは
作中では少なくともなかった。



【それともビリーが黒幕か】

オールドマンを陥れたかったのはビリーか?
ロバートがヴィラを借りたことをどうして知ったのか。
ビリー参戦のプロセスは謎だ。
だが、参戦はした。それは確かだ。
ビリーはオールドマンに明確な遺恨があった。
画才を否定されたばかりか、不正行為の片棒を担がされてきた。
オールドマンのズルに協力するといい金になったので、
これまではそれほどの不満はなかったのかもしれない。
オールドマンの身辺に、
およそ彼らしからぬ「女性」の存在をかぎつけ、
さらに、ロバートがオールドマンを使って
おもしろいことをやっているのを知り、
これに乗じて長年の意趣返しをと考えた
・・・そんなところか。
しかし・・・あの踊り子の絵がビリーの作品とすると
ビリーは踊り子の娘が誰かを知っていたことになる。
首謀者はビリーかもしれないけど、
ものすごい長期戦だったことになる。

 

【「金」では動いてない】

不思議なことがもうひとつ。
動機がどうやら「金じゃない」ってこと。
美術品鑑定や競売を扱う物語であり、
お金と切っても切れない世界の話に思えるが
でも、物語は意外なほど
「『金』じゃない」ところで回る。
「金が欲しかった」
・・・最もわかりやすく人間的とも言えるこの動機が、
ロバートにもビリーにもクレアにも、とにかく希薄だ。
「なぜオールドマンを陥れたかったか」が、
理解しにくい所以は、そこにあるのではないか。
彼らが全然、金にこだわる様子を見せないので、
「入札のタイミングでイヤというほどもめた末に、
 欲しい絵画を手に入れた老女が、
 のちに金に困って、その絵を簡単に手放した」
・・・というサブエピソードなんか、
金、金って感じが露骨すぎて、
浮いているように感じたくらいだ。

「オートマタを作れたら十分な報酬を払う」
オールドマンがそう約束したのに、
ロバートは、小切手を突き返した。
「金が欲しくてやってるんじゃない」。
ビリーは、
「金のことで文句なんてない。
 君さえ良ければ、俺もそれで良かった」。
だが、
「絵の才能を認めてくれなかった」そこにはこだわる。

美術品の価値の問題って複雑そうだ。
本物を贋作にすることも、
相場を据え置くこともできる。
オールドマンは言わば美の価値を司る神だった。
金じゃなかった、となると、
でも肖像画コレクションを盗んだじゃないか、
ってことになるが
額縁のなかの美女、
あれこそ、オールドマンにしてみれば金じゃなかった。
少なくともクレアと出会うまでは。
高い金を出して買ったから大事だったんじゃない。
触れることができないし人間関係も発生しないからこそ
安心して関われる、恋人・妻・母だった。
愛にあこがれていたのだ。
額縁のなかの女との愛なんておままごとだ。
愛の喜びも傷も知ることはないのだから。

オールドマンが本当は、愛を求めていることを
知ってたんだろうな、ビリーは。古い付き合いだし。
でも今やオールドマンは本物の女性との愛を獲得した。
ビリーには妻や恋人がないのだろう。
超然たる神であってくれればまだ嫉妬せずにすんだのに、
生身の女と愛を交わすようになったオールドマンを見て
お前だけいい思いをしやがる、という気持ちになったか。
動機は「金で買えない大事なものを損なわれた」ことだろう。
将来を潰され、「欲しいのは金だろ」と足元を見られた。
「金で買えない最高のものを与えておいて、奪い取る」
それこそ意趣返しになると考えた。



【クレアは積極的に絡んでいたのか】

クレアはどうか。積極的に絡んだか。
使用人が帰る時間の情報も、秘蔵のコレクションも、
誘導するまでもなくオールドマンが自分で明かした。
結婚しちゃえばそのうちつかめる情報ばかりだが。
「たとえ何があっても愛しているわ」。
ロバートに脅迫でもされていたのかねえ。
盗聴器かGPS探知機?を仕掛けられていたようすはあった。
わからない。
消極的だったんじゃないかなという気はする。

愛する人を失ったという、
クレアの過去語りは、細部に不可解な点が多い。
広場恐怖症を発症したのは修学旅行の時と言うが・・・
どちらも本当とするとほぼ同時であり、ムリがある。
だが、オールドマンの入れあげ具合では、
女の話におかしな所があっても
見抜けないのは当然だ。
クレアが電話の向こうの誰かと、
自分のウワサ話をしているのを
聞いたことさえも、
彼はうやむやにした!
「家具の査定をしてもらっているの。
 鑑定士は思ったより年寄りじゃないわ。
 彼が私に恋をしているですって?
 病気に興味があるだけよ」

「思ったより年寄りじゃない」。
惚れた女性が、自分のことこんなふうに言ってるの聞いたら
もっとショック受けるのでは! 
冷めてもおかしくないよね!
なのにオールドマンは気にしたようすがない!
「こりゃいける。騙せるぞ」とロバートらに思わせた、
これがラストフェイズだったんだろう。

 

【オールドマンの選択】

映画サイトか何かのレビューに、
「ショックで呆けて入院したオールドマンだが
 かつての部下が持ってきた一通の手紙をきっかけに
 リハビリを受け、クレアの語ったプラハへ旅立った」
そんな内容のものがあった。でも、何回観ても
「一通の手紙がきっかけになった」
ことを示すシーンはなかった。
部下が郵便物を差し入れるシーンはあったが、
そのどれかにオールドマンが心を留めた、と
はっきりわかる描写はない。
プラハの街を歩く彼が手にしていたのは、地図だ。
クレアか、ビリーか、ロバートか、送り主が誰であれ、
自分のしたことの意味を少しでも理解しているなら、
まさかカモにあとで手紙なんか送らない。
「一通の手紙がきっかけ」は、誤認だ。
それに、リハビリは受ける。どの患者も。
オールドマンがプラハへの移住を
決めたきっかけは、だから、不明だ。

「安全圏」の隠し部屋から、
愛の思い出のなかへと住所を変えた。
大事なのはそこだ。
あの時計台と「ナイト・アンド・デイ」は
ウソじゃなかったと確認できたんだから。
愛の真贋がわからないから、
「本当のこと」にすがったのだ。

なぜそこまでして老人を陥れたか。
誰が始めたことだったのか。
はっきりとはわからない。
もぬけの殻になった隠し部屋に立ち尽くす。
予想していたけれども、心にずしりとくる場面だった。
あのイメージを形にしたい、
本作の「始まり」はそこだったかも。