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ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

「クローゼットに閉じこめられた僕の奇想天外な旅」


原題:THE EXTRAORDINARY JOURNEY OF THE FAKIR
ケン・スコット監督
2018年
仏・米・印・シンガポール・ベルギー合作

www.youtube.com


原題の「FAKIR」は「行者」「托鉢」
といった意味だそうだ。なーるほど。



【結末:こうなるだろうと、思ってた】

最後のセリフを聞いて、映画を観終えた時、
ああこの感じを自分は知ってる、と思った。
こういった手触りのおもしろさを、自分は知ってる。
こういうオチになるであろうことも、
心のどこかでわかってた、と。
ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」(2013年)
を観たことがあったからだと思う。
似てたもんな。方向性は違うにしても。



【ディテール:「お話」ですから!!】

「クローゼットに閉じこめられた僕の奇想天外な旅」
作りとしては「超高度『わらしべ長者』」
みたいな話だったかのな。
豪華絢爛だが無内容、愚にもつかないヨタ話、
そんな小話がハイスピードで縒り合され
織り上げられていき、
反則級の細密曼荼羅画に仕上がっていく。

ディテールはけっこうむちゃくちゃで、
「ん???」って所も無数にあったけど
ツッコみませんよ! そんなのは。
だって、教職であるらしい主人公のアジャが、
少年院送り寸前の悪たれどもに
お話を語り聞かせる、という物語なんだもん。
お話に、多少、論理的な矛盾や破綻があったって
そこをいちいち取りざたするのは、
この映画のとらえ方としては、ズレてるよ。
だって「お話」なんだからさ。
あんまり深刻に考えないで、アジャのストーリーに
心を預けちゃった方が良い。

人の行動の、原理原則の部分が
自分の理解を超えてたしな~。
インチキ商売で金を稼ぐとか、
持ってる人から盗むとかさ・・・、
生きるか死ぬかって所で生活してたら、
そりゃもう、あるでしょ。
善とか悪とかの問題じゃないもん。

 


【メッセージ:大切なこととは?】

本当に多くのレビューが、
この映画には寄せられているね。
「現代に生きるわたしたちが忘れてしまった
 『人生で大切なこと』を教えてくれる」
「夢を忘れなければ何かを変えることができる」
みたいなね。
数えきれないほど見たわ、その手のレビューを。
イヤイヤ。
まあそれっぽいこと言ってるなって感じだけどさ。
この映画が「人生で大切なこと」を教えてくれたと。
そうですか。
それが一体何なのか、理解したうえでの言葉なのかね。
その「人生で大切なこと」ってのを知って、
「あなたはどう思ったのですか」。

 


【学校では学べないこと】

考えてみた。
アジャは確かに、「お話」を通して、
悪ガキどもに何か重要なことを、伝えようとした。
彼はオフィシャルに、留置場に呼ばれたようだった。
何の目的もなく、フラッとあんな所を訪ねて
無意味なホラ話を数時間も子どもに聞かせ、
じゃあね、って帰るわけがない。
表向きの最終目的は、子どもたちに、
少年院送致の代替措置(アジャの元で教育を受けること)
を承諾させることだったようだが・・・
だったら別に、長いお話を聞かせたりしなくても
「ブタ箱に入るのと、俺のところで勉強するのと
 どっちがマシかなんて、考えるまでもないだろ」
とでも言えば、話は10秒で済む。
お話を語り聞かせること、それ自体に、
アジャは意味を感じていたようだ。
それは多分、机での勉強じゃ教えられないことを、
教えたかったからだろう。

 


【99%までホラ話】

アジャは言ってた。
「重要な部分だけは」本当のことを話した、と。
その「重要な部分」ってのが、
あの悪ガキども・・・
今まさに人生を棒に振ろうとしている子どもたちに
伝えたい大切なこと、そう考えるのが自然だろう。
そこだけは、本当のことを話したと。
じゃ、他は全部ホラ、
と言って悪けりゃ「フィクション」、
あるいは「話を盛ってた」ってことになる。

アジャの「お話」のなかに
客観的にも事実と言える、事実があるとすれば、
母の死
IKEAのオシャレな家具にあこがれたこと
アメリカ人女性に恋をしたこと
(百歩譲って)訪仏にトライして失敗したこと
このくらいのもんかなと、今、わたしは思ってる。
つじつま合ってこない所、
現実的に考えて「ないわー」って所をたどって
注意深く枝葉を切っていったら、そのくらいだった。
ちょっと切りすぎか(笑)??

 


【生きることが苦しかった】

アジャ。
天才的と言ってもいいほどの空想癖と、
愛される人柄の、持ち主であることは確かだろう。
だが、
おっかさんが死んだ。
クローゼットの中に閉じこもって寝た。・・・
彼、人生が本当に苦しかったんじゃないかな。
想像力豊かで、アグレッシブで、元気な人は
「死にたい」と思ってない、ってことにはならない。

クローゼットに閉じこもって寝たってのがなあ。
いい大人が、空想話とは言ってもねえ・・・。

もし自分だったらと、考えてみると、
衣装ダンス、トイレみたいな狭い所に身を隠すのは
骨がきしむほどきつく丸く身を縮めて眠るのは
(かくれんぼ遊びやイタズラでもない限り)
つらい現実を忘れたい時だ。それしかない。

お母さんのお腹の中からやり直したかったんじゃないか。
生まれ直さないと、どうにもなんないもん。
アジャの境遇。ひどいもんだった。
必死に稼いだ金をヤクザみたいな奴らに巻き上げられる。
地の果てまでも追いかけてきて暴力で屈服を強いる奴らだ。
おっかさんは下層カーストの洗濯婦で、シングルマザー。
何やったんだか知らないがブタ箱に入った少年時代。
青空教室で受けた貧弱な教育。
唯一の楽しみが、
IKEAの雑誌を眺めて空想にふけることとは。
軽~く、さらっとした描写で流してたけど、
苦しいわこれは。
このうちひとつでも、子ども時代に体験したら、
普通、野垂れ死にか、完全にグレるかのどっちかだろ。

 


【どう立ち直ったのか】

そこまで考えてみて気になった。
アジャはどうやって
心の体勢を立て直したのかな~と。
そこに、かつての自分と同じ道に墜ちようとしている
子どもたちを救うための、何かがあるんだろう。

彼のお話は99%までフィクションだったと
わたしは理解している。
1%の「重要なところ」はどこにあったのか。
アジャが子どもたちに伝えたい
大切なこととは何だったか。

可能性としてはこれ、たったひとつ。
「人生の灯となるような恋をすることが大切だ。
 (たとえ相手に思いが届かなくても)」。
本当はさ、もうひとつ候補があったんだけど。
「獲得した富は独占せず、分かち合うことが大切だ」。
アジャがさ、
旅先で出会った有名女優の協力で大金を得たので、
それを難民キャンプの人びとの夢のために分け与えた
・・・という話をしてたからね。
なんか、ダイナミックなシーンだったから、
メッセージ色、濃いのかなって感じがしたんだけどさ。
つじつまが合わないからホラと判断するしかなかった。
他人と分かち合えるほどの富を獲得するなんて、
こう言っちゃなんだが、現実的じゃないよ。
あの貧しい子どもたちにはとてもとても。
アジャもそうだろうけど。
1日に10円もあるかどうかわかんないような子たちに
富を得たらどうするかなんて話をしても、刺さらないよ。

このパートに比べたら、
アメリカ人女性のマリーとの出会いなんかは、
なんか、ほほえましいけどインパクトとしては薄くて。
ちょっとしたものに過ぎなかった気がしたんだけど。
ま、他人の恋バナなんて、そんなもんだよね(笑)。

アジャが、どこかで、何かのきっかけで
あの外国人女性を知り、恋をしたことは
事実と考えても良さそうなんだよ。
インド旅行中だった彼女を街で見かけただけかもしれないが。
そして、その恋は、ほんのささやかなものだったろうが
彼のその後を決定的に変えるできごとと
なったんじゃないだろうか。

 


【少年たちの最大の関心事に、メッセージを託す】

彼は長い長いあの物語のなかで、
マリーへの恋を語ったときだけ、
聞き手の少年たちに、具体的な質問を投げかけた。
「女の子を好きになったことはあるか」。
あの年頃の少年たちにとって、「恋」は
すごくキャッチーなトピックだろう。
アジャは彼らが真剣に耳を傾けてくれそうな
「恋」の物語にこそ、
「君たちに伝えたいこと」のすべてを
託したんじゃないかな。

心がぽっと熱くなった、出会いを忘れちゃいけない。
あの人に優しくしてもらったことを、
つかの間でも自分に向けられた笑顔を、
たった1回のキスを、
あの人の所にまた行こう、と思ったことを覚えていなさい。
この先どんなにつらいことがあっても、
その記憶が灯となって、人生を照らしてくれる。
結果的に思いが相手に届かなくても、
少年院に行かずに社会で一生懸命生きていれば、
新たな出会いの可能性は、数限りなく残される。
そうしていつか、大切な人と出会うときまでは、
この僕を仮の灯と思って、頼ってくれて良いんだよ。

アジャはあの子たちに、
そう言いたかったんじゃないだろうか。

 


【人は人によってしか救われない】

アジャのメッセージをそのようにとらえた時、
なるほど確かにわたしは「そのこと」を
日々のこもごもにまぎれて
忘れがちであるように思った。
思いが相手に届かないならば、思っても意味がない。
傷付く経験が重なると、そんな風に考えるようになる。
でも、思いは、相手に届くとか届かないとかで、
出したり引っ込めたりするもんじゃない。本来は。
人との関係はとても難しいから、
悩み傷付くことはいっぱいあるが
人によってしか救われないのもまた、人である以上
人と関わっていくべきなのだろう。

わたし、アジャは今も独身であろうと思っている。
マリーと思いが通じ合ったという解釈もまた、
現実的とは、とても言えないからだ。

アジャは強い人だよ!

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お絵描き中。