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ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

「ONCE ダブリンの街角で」

 

原題:Once
ジョン・カーニー監督
2007年、アイルランド

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【良心そのもののような映画だ】

「良心」が映画の形をとったらこんな感じ、みたいな映画。
優しくて、あったかくて、でもほろ苦い。
発表当時、初動こそ微妙だったものの
口コミで人気に火がついてからは息長く、高く評価されたと聞いた。
わたしが撮ったわけじゃないのに、こんな言い方もえらそうだが、
正当に評価されたことがうれしい。

 

 

【好きだったところ】

ヒロインがかわいらしくて、最高。
小柄な体で、掃除機をゴロゴロ転がして街を歩く姿にやられた。

主人公の音楽バカっぷりと、素直で純な人柄も実に良かった。
恋人にフラれた事情を即興演奏で語るところなんか、おもしろい。
ヒロインにうっかり変なことを言って不興を買ってしまい
「俺のバカ!」と「ひとり反省会」をする姿も。

脇役だが、主人公のお父さんもステキ。
ロンドン行きを決意した息子が
「親父が不安なら、もうちょっと出発を
 遅らせてもいいんだけど・・・」
ためらうのをさえぎって、「Go!」。そして
「(デモCDを)もう一回聴きたい」とせがむところ。
胸が熱くなるシーンだった。
業界のどんなお偉いさんに認められるより、
お父さんの「もう一回聴きたい」こそ、一番欲しい言葉なのだ。
パッと輝いた主人公の表情で、それがよくわかった。

 

 

ラブロマンスではない】

「男女の恋の物語」と単純に言い切れるたぐいの
物語ではなかった、とわたしは考えている。
「恋になりたがっている何か」が、ふたりの間に、
いっとき存在した。だが、恋にならなかった。
・・・そんな側面はあったけど。
「恋」
「だんなとうまくいってないなら別れて、ぼくと」
「過去を捨てて、あなたと新しく始めたい」
「うまくいかないことは予想できるけど、夫とやり直したい」
「なんとしても音楽で成功したい」
そんなふうにハッキリと割り切れる思いは、
この物語のなかにひとつとしてなかった。
確かにそれらの気持ちはなくもないのだが、
「いつもある」というものではなかった。
立ち現れたように見えたかと思うと、淡く消えた。
どちらかの思いに引っぱられるように、もう片方の思いが生まれた。
ときには、正反対の思いが、ひとつの心のなかに両立した。

ふたりの関係は、恋にはならなかった。だが、
「つきあったら絶対うまくいくのに!何とかならないのかな」
ふしぎと、そうは思わなかった。
観ていくにつれ、わたしの眼には、主役のふたりが
「傷をいたわりあう兄妹」のように映り始めた。



【「Miluju Tebe」あるいは、恋じゃなくなるまで】

恋人になるかもしれない関係ではなく
兄妹のような関係として落ち着いていく予感は、
バイクデートのシーンで兆し、
ヒロインが自作の曲を歌うシーンにおいて
ゆるやかに、定まったように思う。

海が望める街までバイクで出かけたふたり。
ヒロインから、夫と別居中との事情を聞いた主人公は
思い切って「だんなを愛しているの?」。
彼女はちょっと考えてから、チェコ語で何か返答した。
「え、何て言ったの、今」
「いいの。行きましょう」
字幕の言語を変更したり「Google翻訳」の力をかりたりして
調べてみたところによれば、彼女はどうも
「Miluju Tebe」と言ったようだ。
「わたしが好きなのはあなた」だ。

「だんなを愛してるの?」
「わたしが好きなのはあなた」。
でも、彼女はその言葉の意味を
強いて主人公に伝えようとはしなかった。

ロンドンに渡るためのデモCDの製作が始まる。
スタジオの別室に、グランドピアノを見つけたヒロイン。
主人公に、弾いてとせがまれて、
関係がうまくいっていないパートナーに向けた、
切ない思いを歌いだす。
かたわらで演奏に聴き入る主人公は
なんてこった、といった感じにずっと目を見開いていた。
それは、なびいてきているように見えた女の子が
実は全然脈がないってことを知って
ガッカリしている・・・なんて顔ではなかった。
「こんなにつらい思いを、ひとりで抱えてきたというのか」
大切な人のひそかな心の痛みに気づいた、男の顔だった。
感極まって演奏をやめてしまった彼女への対応で、
そのことがわかった。
「だんなに書いた曲かい?」
「彼は(この曲)嫌いだって」
「バカな男だ・・・」
しょうがないねえ、といった感じに少し笑い、
彼女の肩を優しくさすった。
「一緒にロンドンに行こう」と切り出してみる主人公。
「お嬢さんも一緒に暮らせばいいじゃない」。
ヒロインも「過去を忘れて新しい人生ね!」と
乗り気のようなことを言うが、
「(高齢で同居している)お母さんも一緒でもいい?」。
思わずウっと答えに詰まる主人公(おまえ正直だな!)。
でもヒロインは、彼の反応をちっともとがめない。

 

 

【主人公とヒロイン、それぞれの答え】

「Miluju Tebe」の意味を伝えなかったことについて。
「今は伝わらなくても、わたしたちが結ばれる運命なら
 必ずまた、気持ちを伝える機会があるはず」
とかなんとか、ロマンチックなことを彼女が思ってたかどうか。
答えにあたる描写が作中にないから、わからない。
だが、とつとつと紡がれる物語をわたしなりに見守って、
ヒロインには「彼との恋は実らない」との予感があった、
だから、あえて言葉の意味を伝えてまで、
両想いになろうとはしなかった、という結論に至った。
うまく説明するのは難しい。
説明するとウソっぽくなる気がする。
まあ、端的に言うと彼女は
主人公との恋を実らせたい気持ちよりも
前途多難だけど、でも夫とやり直してみたい・・・
そんな気持ちの方が、強いということを
自覚していたんだろう、と。
とても自分に正直で、また、賢い女性だったのだ。

ヒロインには幼い娘がいる。
別居中の夫は、その子の父親だ。
守るべき者のいる立場として、
ヒロインの方がほんのちょっとだけ、
「答え」を出すのが早かったのかなと思う。
何ごとにもよらず女性はわりと、決めるのが早い生き物だ。

男の方はまだ、それでもいくらかジタバタしてたが・・・
自分が、ずるくも、強くもなりきれないことを
認めざるをえなかったのだろう。
彼女の心を占めている男が結局だんなだと知って
がっかりするんじゃなく、その心中を思いやってしまった。
お母さんも一緒に連れていっていい?と聞かれて
「もちろんいいよ!」と請け合えなかった。
そんな、ちょっとしたことがわずかずつ降り積もって
「彼女をぼくの人生に連れていくことはできそうにない」
そう答えを導き出すよりなかった、と感じる。

 



【奇蹟がなぜ起こったかあえて考えてみる】

ふたりは街の大通りで出会った。
主人公は、父の店を手伝う合間にこの通りで
(おそらく毎日)昼夜2回の路上ライブを行っている。
ヒロインは移民で、低所得者層。
この通りで「ビッグ・イシュー」を販売したり、
道行く人に花を売ったりして家族を養っている。
ふしぎなことがある。
「なぜ、これまでふたりが出会わなかったか」ということだ。
それは「なのにどうしてこのときだけ出会ったか」でもあり
「にも関わらずもう会えなくなったのはなぜか」にもなる。
普通に考えれば、おそらくずっと前から、
あの通りのどこかにふたりはいて、
多分何回かは、すれ違ったりしていたことになるだろう。
「お花はいかが?」と、ヒロインが彼に近づいたことも
もしかしたらあったのかもしれない。
でも、これまでは、知り合う機会がなかった。
たまたま、ふたりのあいだに、今このときだけ、
出会いという奇蹟が起こった、そうとしか言いようがない。
ふたりを結び付けたのは、音楽だ。
だが、本当につかのまの奇蹟だった。
ロンドンに発つ前、男はあの通りに足を運び、
かなり必死にヒロインの姿を探すのだが、
もう会うことはできなかったのだ。
扉が閉まってしまった。

 



【「そのとき人生が動いた」なんて、言えない】

ふたりの出会いというちいさな奇蹟が
起きた理由は何だったのか。
まあ、考えてもしかたのないことだ。
ひとつ言えそうなことがあるとすれば、
ふたりがそれぞれの人生の次の扉を開けるために、
お互いの存在が必要だったのかも、ということ。
狭い意味では、
男に音楽的なインスピレーションを与える人材として
才能あるピアニストとの出会いが必要だった、とか
そういうのから始まって
広い意味では・・・まさしく広い意味では
「人生に連れていくべき人が誰なのか」を決めるために
「その人ではない人」と出会うことが必要だった、とか。

人の人生が動いたとき、
何がそこに作用したかは誰にもわからないのだ。
「今考えると、あれが良かったんだと思う」と
自分で決めて、かっこうをつけてみることは可能だが
本当は、「何がなんだかわからない」が正解だろう。
あえて答えを探してみるならば・・・といった視点で
描かれたのが、この物語だったのかなと思う。

 

 


【ごほうび、あるいは返礼】

ふたりが会うことは、なくなった。
だが、男はヒロインに、ある贈り物をして去った。
彼女は、別居中の夫とやり直す、つまり
「解決しきれていない問題ともう一度向き合う」
という、より難しい道をあえて選択したのだ。
スッパリ離婚して新しい恋に進んでも良かったのに。
恋人候補は優しい男だし、娘もなついてた。
音楽的な才能も彼には確実にある。
エイっとばかり一緒にロンドンに行っちゃっても、
悪い結果にはならなかったはずだ。
だが、彼女はそこを踏みとどまって、
地に足の着いた選択をしてみせた。
男が贈ったあの品は、「大人の選択」へのごほうび。
また、背中を押してくれたことへの返礼であったかも。

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掃除機ガラガラ。