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ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

「シング・ストリート 未来へのうた」

 

原題:Sing Street
ジョン・カーニー監督
2016年、アイルランド・英・米

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【監督自身のかつての姿の投影だと思う】

『はじまりのうた Begin Again』(2013年)で
アメリカに渡ったのに、舞台をアイルランドにまた戻した。
アイルランドは、監督の故郷だ。
前2作品の主人公は、みんな大人だった。
だけど『シング・ストリート』の主人公は15歳の少年。
しかも時代が違う。80年代に設定されている。
監督は今、50歳手前くらいだそうだ。
80年代に、ちょうど本作の主人公くらいの年頃だった。
自伝的な要素を多分に含んだ物語と見て間違いないだろう。

表現をする人は、表現活動のどこかの段階で必ず、
自己の内面についての作品をつくりたいと考えるんだろうな。
つくりたいというか、そうせずにはいられなくなるというか。
自分と無関係のことを表現し続けるなんて、多分できない。
いつかは必ず自分の意思で「自分」に戻ってくるんだろう。
最初から最後までずっと「自分」を表現し続ける人もいるだろうし。

 


【良かったところ】

主役のコナーを演じた男の子が素晴らしかった。
テレビの向こうのミュージシャンたちや
美少女ラフィーナとの恋に感化され
発言も行動も、どんどん大人になっていく。
だが適度にアホ男子で、間が抜けてる。
「モデルの謎」という曲は、ほかならぬ
モデルの卵ラフィーナのために書いた曲だった。
なのに彼女にそのことを指摘されると、
照れくさすぎて暴走したのか
「違うよ! 僕の知り合いの別のモデルがモデルさ」とか
わけわからんことを言い出したのは笑えた。

ラフィーナ役のルーシー・ボイントンが美しかった。
『陽のあたる教室 Mr. Holland's Opus』(1995年)
でロウィーナを演じた女優さんのような、清純な美しさ。
メリハリのきいた動きと発声が気持ち良い。
ラフィーナが登場すると、その場がぱっと華やいだ。

デビッド・ボウイデュラン・デュランといった
当時流行のニューロマンティクス
コナーたちが作る音楽と「MV」も楽しめた。
ものすごいダサかったけど(笑)。
こういうのがカッコ良かったんだよなー。

 

【過去2作は:安心して観ていられた】

これまで2作、ジョン・カーニー監督作品を観た。
安心して観てた。
決定的にひどいことが、起こらない映画だったからだ。
わたしが想定するひどいこととは 
搾取、虐待、暴力、小さい子の事故や死、
窮地にあるのに誰にも助けてもらえないこと、
心身に二度と癒えないたぐいの傷を負うこと・・・そういうのだ。

前2作の登場人物のなかには、
けっこう過酷な環境に、身を置く人もいたのだ。
例えば『ONCE』のヒロインは、少ない稼ぎで一家を養ってて、
女所帯の安アパートは、隣人の男性が「テレビ観たいから」って
平気で出入りしてるような状態だった。
だがそんな環境でも、ヒロインは平穏無事にやれていた。
2作観てきたなかで一番ひどいできごとを思い出してみても、
せいぜい「恋人に浮気される」くらいのものだった。
(『はじまりのうた』で、ヒロインが彼氏に裏切られた)
それだって、傷ついたヒロインを救う人がすぐに現れた。



【本作は:安心して観ていられない】

それが、「シング・ストリート」ではひどいことが起こった。
ここまですると思ってなかったから驚いた。
少年たちはみんな、搾取され、虐待を受け、傷ついていた。
彼らの親はたいてい、飲んだくれか無職かヤク中。
毎日のように両親が怒鳴り合いのケンカをしていて
家は殺伐として、リラックスできない。
そのうえ学校でもイヤなことばかりで、もう最悪だ。
いつ襲い来るともしれない暴力にさらされているのに
救いの手がさしのべられることはまずなかった。
よくこれだけのことを 逃げないで描写したものだと思った。
しかも、映像で。苦しい作業だったんじゃないかなあ。



【監督:自分の少年時代とまじめに向き合ったんだと思う】

教師にせっかんされ、トイレにへたりこんで泣く。
普段は優しい兄に突然ギャーっと八つ当たりされて、
体の震えが止まらなくなるほど激しく動揺する。
少年時代には死活問題と言えるくらい、みじめな体験だ。
それを2時間という、限られた時間のなかに
あえてあのようなシーンを組み入れたと考えるにつけ、
監督はこの作品と(過去の自分と)まじめに向き合ったんだなあと。

少年たちはみんな似たりよったりのサエない境遇だ。
だからこそいたわりあって、良い関係を築いていた。
わたしは、エイモンがけっこう好きだった。
煮詰まったコナーが訪ねていくと、
エイモンは何でもないといった顔でいつでも彼を歓迎する。
ウサギをいっぱい飼ってる、という謎の設定も、なんか良い。
いじめっ子をローディーとして引き入れる流れも。
あとで気づいたが、MVのロケ中に通りかかって
コナーたちをけなしたあの男は、いじめっ子の親父さんだろう。
どうりで、妙に歳の離れた男と関わってるなと思った。

 

ラフィーナの秘密】

親元にいなくちゃならない子どもの立場ゆえ
ままならない日々にあえぐコナーだけど、
彼は繊細で優しい、なかなかりっぱな男でもあった。
ラフィーナに選ばれたのは、それゆえだろう。
つらい気持ちをあんまり人に話さない代わりに、
他人の心にもむやみに踏み込まない、節度を知る男なのだ。

ラフィーナは、父に近親姦的な関係を要求されていたのではないか。
不相応なほど年上の男性に、しなだれかかるところがあった。
少なくとも、コナーの母が子に注ぐ情と
ラフィーナの父が娘に向けた情とは、種類が明らかに違った。
それはコナーとの会話から察せられた。
コナーの兄の留学計画を、母はにぎりつぶした。
その話を受け、自身の父について語り出すラフィーナ
「母が入院して、父とわたし二人の生活になったとき
 父は、わたしに外出を禁止したの。
 『お前への愛が俺のすべて』と言ってた」
「母に比べたら全然 美人じゃないのに
 どうして父はわたしに執着したの?
 親って、変な愛し方をしてくる生き物よね」
愛という大義名分のもと、子を束縛する親。
外枠はまあ同じだが、ラフィーナの話は本質的にズレている。
「母に比べて美人じゃないのに」なんて、場違いだ。
ラフィーナの話を聞きながら
「うーん・・・?」という顔をしていたコナーだが
あえて話を広げようとしなかったのが偉かった。
ラフィーナは、自分がどんな目に遭わされていたか、
うすうす知りつつ、無邪気ぶって、ちょっと言ってみたのだ。
「ねえ、君のお父さん何か変だよ」とか、もしつっこまれたら、
逆に困ったのは彼女だろう。
彼がスルーしてくれたから救われたのだ。



【コナーはロンドンで成功できるのかね??】

コナーは、他人の夢をたくさん預かって、船出した。
まずラフィーナの夢。彼女を守る責任もあるし。
兄は明らかに、かなわなかった自分の夢を弟に託した。
エイモンは「レコード契約取って、この街から救い出してくれ」。
あんなちっちゃなボートで、目的地に着けるかもわからないものを。
レコード契約なんてそう簡単に取れるか?
客観的に言ってコナーのバンドはそんなに良いか?
音楽でやっていけるか???
・・・ムリがある。
ロンドンで認められる、という結末を匂わせたいならば、
バンドのレベルをもっと上げておかなくちゃいけなかったし、
周到に金策を練るシーンも必要だった。
でもバンドの将来的な成功を確約するような描写は、なかった。
この調子だとコナーのバンドなんか自然消滅して、
メンバーも音楽なんて辞めちゃうかもしれない。
コナーも国に帰ってくるかもしれない。
ラフィーナと別れちゃうことも考えられるし。
でも、・・・別にいいのだ。未来のことは未来に任せれば。
大事なのは、仲間たちと一生懸命に音楽をやった時間は
少年の人生にとって決してムダや間違いではなかった、
ということの方なのではないか。
この映画は、サクセスストーリーなのではなくて、
コナーが、つまりたくさんの「コナーのような少年たち」が
過ごしたあの時間を、肯定するものだったんじゃないかな。

「自分ではできないから、他人の夢に乗っかる」
という選択をせざるをえなかった、多くの人たちに、
なぐさめをもたらすエンディングでもあったかもしれない。
ボートが陸に着けるかはわからない。
コナーは舞い戻ってくるかもしれない。
それでも彼は多くの人たちの、かなわなかった夢を
いったん海のむこうに持ち去ってくれたのだ。

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お絵描き中。