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ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

『カーライル ニューヨークが恋したホテル』

 

原題:Always at The Carlyle
マシュー・ミーレー監督
2018年、米

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www.youtube.com

 

【ハリウッドセレブが多数登場】

カーライルホテルを常宿とするセレブリティが大勢登場し、
ホテルの素晴らしさについて、口々に語ってくれる。
そのなかにはジョージ・クルーニーハリソン・フォード
ウェス・アンダーソン監督など映画界のビッグネームもいた。
いち映画ファンとして楽しかったポイントだった。
ビル・マーレイが顔を出したのには驚いた。
あれ、ビル・マーレイだよな・・・見間違いか??
気難しい人だと聞いたことがある。
エンディングにクレジットされてたかなあ・・・
正式に部屋を用意して時間を決めて、
インタビューしたというわけじゃないみたいだった。
よく出てくれたもんだと思った。
ホテルの中ではリラックスしてご機嫌が良いのかもね。

 


【ならではサービスなどの具体的な紹介はなし】

だが、老舗高級ホテルの魅力に迫る
ドキュメンタリー映画というからには、
もっと他のことが知れるはずと期待していたんだけどな。
お客の心をつかむ独自の工夫のこととか。
こういうサービスを行っているんですよとか。
METガラのゲストが泊まり、専用更衣室・メイク室として
使うこともあるという話だ。そんなイベントシーズンともなれば
バックヤードは地獄のように忙しいんじゃないかと推察される。
セレブって、みんな、めちゃくちゃワガママ言いそうだし(笑)。
どうやって切り回すのかとか、そういうの観てみたかった。
だが わたしなどが思いつくような、そんな切り口での紹介は、
まったくなされないドキュメンタリーだった。
正直な気持ちを言えば、そこはいささか残念。

 


【愛されポイント 1:個性的な従業員】

常連客たちはみんな、
個性的でキュートな従業員たちを
こよなく愛しているのであり、
また、
歴史ある館内施設の数々にしみこんだ、
古き佳き時代の空気感に魅了されているのだった。

カーライルホテルには、
何十年も働き名物的な存在となっている従業員が多い。
客は彼らに会うのを楽しみにしている。
清掃員もコンシェルジュもエレベーター係も
気安く世間話ができ、ジョークも通じて、アットホーム。
でも仕事はキッチリ完璧で、しかも口が堅い。
普通のようでも、ホテルみたいな空間では大事なポイントだろう。
職域に関わらずすべてのスタッフが高いレベルのサービスを
心得ているところはさすがだ。
でも反面、その従業員がどいつもこいつもミーハーだった(笑)。
デザイナーの誰それは優しくてステキな人。
ジャック・ニコルソンはこう言ってくれた。
マイクを向けられたスタッフたちが語るのは、そんな話ばかり。
プロテニスのロジャー・フェデラー
客室まで案内した男性職員が、ドアを閉めた直後に
「カッコイイ・・・」とつぶやいたのとかは
可愛らしいなと思ったけど、
あんたたちの頭の中はそういうことばかりかい、と
全体的に、ちょっと苦笑を誘う感じではあった。

 

 

【愛されポイント 2:ヨーロッパ的な雰囲気】

ストーリーのタテ糸は、英国ロイヤルファミリーとの関係。
カーライルホテルと英国王室のつながりの発端は、
故プリンセス・ダイアナが好んで泊まったことらしい。
ところで、常連客からは、カーライルホテルについて
こうした言葉がたびたび聞かれる。
「ニューヨークにいながら、英国やパリに来た感じ」
「このホテルは、外国のような雰囲気なんだ」
「ニューヨークの古い街の雰囲気を伝えてくれる」
「ここに来ると、『まともな夜』が過ごせる」
アメリカで暮らしたことがないばかりか
日本から一歩も出たことがない立場で
的外れなことを言ったら申し訳ないのだが、
もしかして、アメリカの人って、
ヨーロッパにすっごく憧れているんじゃないか。
ニューヨークの5番街の街づくりなんかには、
欧州への憧憬が多分に投影されているのかもしれないな。
「英国やフランスのようであることが、良いこと」
「ヨーロッパ風に過ごすことが『まとも』なこと」
そんな気持ちがアメリカの一定のクラスの人には
あるもんなのかもしれない。
ロイヤルファミリーが泊まったんですってのを
あんなに誇っているのは、そういうことかな。
日本も、躍起になって近代化に取り組んだ明治時代、
立法、行政、医療、教育、文化、街づくり、全方位的に
ドイツやフランスをお手本にしまくったのだったね。
あの感じの、子どもじみた、と言ってもいい盲目的な憧れが
今もアメリカの人の心の基礎にあるのではないか。

 


【ホテルの顔:コンシェルジュ・ドワイト】

ベテランのコンシェルジュ、ドワイトは
カーライルホテルの象徴のような存在だった。
吃音があるので、電話応対などがちょっと大変そうに見えるのだが
ホテルは、ドワイトを別部門で採用したり異動させたり、
治療を受けるよう指示したりといったことを
いっさいしなかったそうだ。
35年つとめて、ドワイトの電話応対にクレームをつけた人は
たった一人であったという。
つまり手前どもの方でもお客さまを選ばせていただきます、
というスタンスをほのめかしているんだろうね。
そのドワイトが、退職するとのこと。
働くうえで受けるストレスの質が変化した、と話していた。
「社会から品位が失われた」
「昔は道行く人がきちんと帽子をかぶり堂々としていた」
「知性は、身に着けるものにあらわれるんだ」
「上品さに欠ける世の中で、仕事をしたいとは思わない」。
ドワイトの言葉には重みを感じた。

 

 

【名門バーとボビー・ショート】

また、カーライルのバー「Bemelmans」。
故ボビー・ショートがここで演奏をしていた頃と、
演奏を引退した2002年以降とで、
映画の雰囲気までもが明らかに変わった。
紹介されるエピソードが異なるのであるし、
2002年以降ともなるとVTRも新しい感じになるので、
当然と言えば当然なのだが。でも、違ったのだ。
観て確かめていただくしかないのだが、
「ボビー・ショート以前」のエピソードは
なんというか・・・まず、フロアがタバコくさくて、
それから、とてもにぎやかであったことが伝わり、
ついでに、ちょっとお下品なんだけど、
でも、豊かだった。
笑顔がいっぱいだった。
行ってみたかったと、心から思う感じであった。
「ボビー・ショート引退後」のエピソードは
こう言っちゃなんだが、内容がない。
レニー・クラヴィッツとか出演するらしく、
招かれるミュージシャンは豪華であるし、
バフォーマンスはお金がかかっていて、
音響設備も素晴らしいのは観ればわかる。
落ち着いた大人だけのお楽しみの場所って感じで、
女性一人で行っても剣呑なことはなさそうだ。
だが、何か、すべてが薄っぺらい。
行ってみたいなと思えなかった。
「ああ、こんな素敵な空間が提供されるならば
 このバーで1時間くらい過ごしてみたい。
 タバコの煙でもっくもくなのもガマンしよう」
と、うっとりするほどのものがなかったのだ。

 

 

【カーライルにも、もう何もない】

ドワイトの引退、
「ボビー・ショート以後」となったカーライル、
この映画から受け取るべきものは、実のところ
そこにあったんじゃないかなと思う。
何かすごく大切だったはずのものの「残りかす」、
それくらいしか今や見出せないということでは。
名門カーライルでさえ。

でも、この映画を作った人に、
「そこを伝えるために撮ったのだ」
という自覚はあんまりなかったような気もした。
失われつつある大事なものを残そうという気概、
一種の寂しさというか。まるでなかったように思う。
イヤうーん、どうだろ。あったのか??
ちょっとハッキリわからない。
少なくともわたしは感じなかったね。
カーライル万歳! ニューヨーク万歳! って感じしか、
伝わってこなかった。

やっぱりスタッフたちのミーハーエピソードに
時間を割きすぎたのが問題だったんじゃないかな(笑)。