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ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

『パッドマン 5億人の女性を救った男』

原題:Pad Man
R・バールキ監督
2018年
インド

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現代でも女性の月経をタブー視する風潮が根強いインド農村部。
市販の生理用ナプキンは高価で、庶民は気軽に買えない。
手先が器用な職人のラクシュミは、最近結婚したばかり。
彼は妻が不衛生な布切れで生理をしのいでいることを知って驚く。
市販のナプキンを購入して妻にプレゼントするものの、
無駄遣いを咎められ、女の事情に関わらないでと逆に怒られる。
しかし、愛する妻の健康を願うラクシュミはそこであきらめず
衛生的で安価なナプキンを、自力で開発しようと決意する。
でも彼の奮闘は、周囲の人びとの眼には奇異にしか映らない。
世間様に変質者呼ばわりされるようになったラクシュミは、
地域にも、家庭にも、居場所がなくなっていく。

インドの実在の発明家の偉業をたどる物語だった。

ラクシュミが、どことなく
『TAXi』シリーズ(フランス)の
ダニエル(サミー・ナセリ)を思わせた。
役者さんの風貌も何となく似ていると思うのだが、
それよりも、キャラ設定が、ダニエルっぽい(笑)。
大変な奥さん思いで、善良な男なのだが、
間が悪くて、いささかデリカシーに欠ける・・・。

楽しい映画だった。
特に印象に残ったのは、
近所の女性たちが、初潮を迎えた女の子を囲んで
盛大にお祝いする場面があったことだった。
月経を不浄扱いし、言葉にすることさえ忌む風潮と、
思いっきりオープンにお祝いするセレモニーが、
並立している所が、おもしろい。
この感じはわたしの身近にも確かに多少あるとは思う。
でも、インドのような場だからこそよりクッキリと
観測できる現象なのかもしれない。
多様な価値観がひしめきあい、
すべてのことが急速に変化し続けている社会だから、
矛盾するものや新旧のものが同時に一か所に息づく、という
期間としてはおそらくとても短いはずの貴重な一瞬を
目撃することができるのではないだろうか。

ラクシュミの新妻ガヤトリと、
ラクシュミのビジネスパートナーとなるパリーという
ふたりの女性の対照的なキャラクターにも興味をひかれた。
ガヤトリは彼女なりに精一杯、夫を理解しようとするのだが、
昔からの因習をガチガチに内面化してしまっており、
そこからどうしても自由にはなれない、という点で、
どちらかといえば「これまでの時代」の女性の象徴に思える。
対してパリーは都会育ち。名門大学で経営学を学び、
音楽にも才能を示すなど、とても活動的。
一流企業に就職できるはずだったのにその道を蹴って
ラクシュミの事業に協力することを決めるなど、
自分の人生を自分で切り開く「これからの時代」の女性だ。

ラクシュミは、この両方の女性から、力を得て羽ばたいた。
単にインドの女性にナプキンを届けただけではなかった。
生理用品という決してなくなることのない需要に対応する
新しいビジネスモデルを打ち立てて、
女性の雇用創出と自立支援まで成し遂げてしまった。
ラクシュミは単純に愛する妻の健康を願う無学な男で、
フェミニズムを学んだわけでも何でもないのだが、
妻のためになることは女性たちみんなのためになる!
世界の女性が元気になれば、世界全体が元気になる!
という彼の考え方は、
ただしく、フェミニストのそれだった。

試作ナプキンを自分で着用して出来をチェックする
という展開もすごかった。
映画の描写として、ここまでやるとは思わなかった。
なにせ、この映画の慎み深さときたら、
新婚夫婦が寝室で抱き合うシーンでさえ、
完全着衣で撮り上げるほどなのだから。
ラクシュミは肉屋で働く友人に動物の血を分けてもらい、
女性用のパンツまで入手して、自分で試作テストをする。
うまくいったかに思われたのだがズボンが汚れてしまい、
みんなに見られて、恥ずかしさのあまり川に飛び込んだ。
生理中は、衛生面のこと以外に、こうしたさまざまな
心配ごとや、わずわらしさと付き合わざるを得ない。
これは当事者でないと、わからないことだと思う。
ラクシュミは、良くまあここまで踏み込んできたものだ。
変質者呼ばわりされたのも正直、納得だ。

けど、普通の人と同じことしかやらない人には、
普通じゃない偉業を成し遂げることは不可能だ。

笑って泣けるシンプルなサクセスストーリーであり、
お約束の華麗なミュージカルシーンも忘れておらず、
ラブロマンス路線もあきらめていない・・・という
欲張るだけ欲張った、もりだくさんの物語だった。
その割に2時間ちょっとでスッキリまとめたのは偉い。

普段観慣れた「ハリウッド映画」のお作法に
のっとって作られてはいないので、
ややテンポがダルく感じるなどの問題はあった。
いかにも伏線っぽいシーンがあったのに、
最後まで観ても結局なんでもなかったりとか。
(伏線をはったことを作り手が忘れてしまうのか、
 それとも編集ミスなのか笑)
でも、まあこんなもんじゃないかな、とも思う。
映像も音楽も新鮮で、とても楽しめた。

一時は離縁寸前まで行ったラクシュミとガヤトリが
再会できたのは良かったなと思った。
ラクシュミは妻のためにこそ頑張ってきたのだから。

ガヤトリはいつも同じ首飾りをつけていた。
太い黒ヒモに一定間隔で金色の珠を通したもので、
良く見ると、ガヤトリだけでなく、
劇中に登場する女性の多くが似たものを着けていた。
調べた所、ヒンズー教徒の人妻が着けるお守りとのこと。
ラクシュミが変質者の烙印をおされて村を追われた時、
離縁前提のような形で実家に出戻ったガヤトリだが、
別居期間中も、ずっとこの首飾りを着けていた。
きっと心の奥底では、夫を信じて待っていたのだろう。
泣かすなあ・・・