une-cabane

ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

『20センチュリー・ウーマン』

原題:20th Century Women
マイク・ミルズ 監督・脚本
2016年、米

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1979年夏、米カリフォルニア州サンタバーバラがおもな舞台。
40代で出産したシングルマザーのドロシアは、
思春期を迎えたひとり息子ジェイミーの教育に悩み、
下宿人のアビーと、ジェイミーの幼なじみジュリーに
手助けを要請するのだが・・・。

何年も経ってから、観返したくなりそうな映画だと感じた。
好みの映画かどうか? とか、判断のしようもないほど
のんびりゆったり、パンチ弱めで、
ほとんど何ひとつ、事件らしい事件が起こらず、
でもほんのちょっとだけ悶着があるのだが、
それも観ていて落ち込むほど重いできごとではない。
今日も明日も続いていく、カリフォルニアの夏の日々が
淡々と、すがすがしく、切り出されていく。
夜中に長い長い道を車で駆け抜ける映像とか美しかった。

息子がお年頃になって、
何を考えているのかどんどんわからなくなってくる。
それでもちょっとでもわかりたくて、奮闘する母親。
彼女自身も結構型破りな、さばけた方の女性だ。
息子を案じて、内心はまったくおだやかじゃないのだが、
泣いたりわめいたりせずに上手に気持ちを処理できる人なので、
観ていてうっとうしくなく、むしろ応援したくなった。

1979年というと
インターネットもパソコンもスマートフォンもない。
暮らしの中の「空白」と「退屈」の量が、
今とは段違いだったと思う。
明日もあさってもしあさっても、朝、目を覚ませば
今日とまったく同じ程度の無聊が待っていると知りながら、
それを迎え入れ、やり過ごしていた日々ってのは
どんな感じだったんだろう。
学校の夏休みとか、ヒマでヒマでしょうがなさそう。
そのあたりを、非常に体感的にイメージさせてくれる。
もう今となっては、このゆったりとした時間の流れは
なかなか体験できないと思うので・・・貴重だ。

アビー姐さんのすすめで
フェミニズム理論をかじり始めたジェイミーが
女性とセックス、老いと女性、なんてことについて
意気揚々と人前で語りまくるようになる。
母親としちゃ冷や汗もので、つい口を出してしまうのだが
するとジェイミーは
「僕は今、学んでるんだ。
でも、お母さんは何もしてないよね」
な、なかなかキツイ・・・。

ジミー・カーター大統領のテレビ演説を
みんなで観るシーンがあった。
任期最後の1979年に放送されたこの演説は、
「『自信喪失の危機』スピーチ」と呼ばれ、
現在でも有名なのだそうだ。
現在の世界の状況を、予言したかのような内容だ。
79年でもうこんな先進的なこと言っていたのか!
と驚かされた。
でも映画の中では、テレビを観た人たちが口々に
「どうしちゃったんだこの人は」
「大統領がおかしくなったぞ」
とか言っていて、
カーター氏の提言が受容されにくい時代だった、
ということが良くうかがえた。
(ドロシアだけは『素晴らしい演説だわ!』
と、感激していた)

いろいろな価値観が生まれ出す、
過渡期だったのかなと思う。
ドロシアがジェイミーの教育をお願いした相手が
ふたりとも、まさに新時代の若者という感じなので、
母親としては物分かりの良い方と言えるドロシアでも、
たまにさすがに黙っていられなくなり、
自分から息子のことを頼んでおきながら、
アビーやジュリーと言い争ったりするのが
観ていておもしろい所だった。

母子の関係が融和された終盤が、秀逸だった。
ジェイミーが「お父さんと愛し合ってた?」。
ドロシアは「もちろんよ」。
でも、ちょっと考えて、より詳しく言い直していた。
ドロシアが語り直した、元夫との夫婦関係の真実は、
場合によっては息子のジェイミーの気持ちを、
傷付けてしまうかもしれないものだった。
だけどドロシアは、
「今のジェイミーならきっと
私の話を理解できるはずだ」
と信じたのだろう。
カメラは、ジェイミーではなく、
ドロシアの表情をずっととらえていた。
あのように自分の本当の気持ちを言葉にすることは、
大人には、大変な覚悟の要ることだ。
息子に対して誠実であろうとして、
勇気をふりしぼった母の表情は素晴らしかった。