une-cabane

ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

【ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから】

原題:The Half of It
アリス・ウー 監督
2020年、米

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ヒロインのエリーは、学業優秀な女子高生。
同級生たちの宿題を代行して小金を稼ぎ、家計を助けている。
しかし、ある日、同級生男子・ポールがもちかけてきた依頼は、
普段の宿題代行とはまったく違っていた。
ラブレターを代筆して欲しい、という注文だったのだ。
だが、問題がひとつ。
ポールの片想いの相手である女子生徒アスターのことを、
実はエリーも密かに想っていたのだ(つまり同性への恋)。
依頼に内心困惑するエリーだが、背に腹はかえられない。
エリーの父親は、街の駅の雇われ管理人なのだが、
仕事にあまり身が入らず、家は万年金欠状態なのだ。
やがて、ポールの注文はラブレター一通にとどまらず、
エリーは、ポールがアスターとのデートにこぎつけるまでの
戦略参謀を引き受けるはめになってしまう。・・・

ディテールに終始ニヤニヤしながら観た。

愛すべきバカのポールと、秀才エリーが、
恋の戦略会議を繰り広げる場面とか、微笑ましい。

アスターとエリーの森の天然温泉の場面も良かった。
彼女たちのお風呂での語らいのシーンを通して、
アスターの(多分エリー視点の)神秘的な美しさが伝わった。
それに、このシーンは、ふたりの心が、
それまでで最高に接近する所を描いたものでもあったので、
非常に印象に残った。

字幕版と、日本語吹き替えと、1回ずつ観た。
両方観といて良かったなと思う。
というのも、字幕だけだと、ニュアンスや文化的背景など
なんだか良く理解しきれない所があったからだ。
博識な学生さんふたりが、機智に満ち満ちた内容の
メールや手紙を交わしながら、心の距離を縮めていく。
文化圏が違うので字幕だけでは理解が追いつかない。でも、
映像を良くみることで字幕の限界を乗り越えるという努力も
それはそれで決して悪くなかったと思う。
映像に、大事なことがたくさん埋め込まれていると、気付ける。
そして、吹き替え版で、セリフの含意などの理解が補強されると、
この映画が、セリフに言葉に、いかに気を配っているかがわかる。
でも、映像だけでも、言葉だけでも、十分とは言えない。
うまく説明できないけど、眼と耳だけが、人の感覚じゃない。
ほかの感覚もいろいろ使ってものごとを理解していくんだと思う。
別に、この映画じゃなくても、普通にそうしているんだろうけど、
この映画では特にそういうふうに、
自分がいろんなアプローチで映画を観ていることが意識されて、
おもしろく感じた。

エリーとアスターのファーストコンタクトの瞬間が
カズオ・イシグロの『日の名残り』の本を床に落とした時である
というのが、象徴的に感じた。
日の名残り』と言えば、あるお屋敷の執事が、
同僚の女性への恋心を胸の裡に秘め続けるという物語だ。
そういう話の本を「落とす/手放す/放棄する」ということは、
(物語の中の執事とは違って、)エリーは・・・。
あのシーンは、エリー自身の今後の選択を
示唆した場面だったと 解釈して良いと思う。

エリーは聡明だが、往年の偉人・哲人の言葉に自分を託し過ぎ。
ポールは良い奴だが、無学・無教養の上に、超が付く口下手だ。
アスターは本来の内面の豊かさを押し隠して周囲の期待通りの
「良い子」を演じ続けてきたあまり、今や自分を見失っている。
ついでに言うとエリーのたった一人の肉親である父は、
英語が苦手なために、社会に居場所を見出せない。
・・・この通り、この物語の主要なキャラクターはみんな、
「言葉」とか「伝える」とかに、難を抱えている。
自分の言葉で伝えることがちっともできていないのに、
今のままで良いと思ってしまっていたり(エリー)、
肝心な時に言葉がまったく出て来なかったり(ポール)、
語るべき言葉があるのにそれを見失っていたり(アスター)。

でも、彼らは、お互いとの出会いを通して、
自分の心の扉を、少しずつ開いていった。
そして、不器用でも、自分自身の言葉で一生懸命に、
気持ちを伝えようとし始める。
教会の日曜礼拝での、エリーの行動はそんな
ブレイクスルーの瞬間を、良く描いてたと思う。
まあ、何かあの教会の場面は、ちょっと不自然というか
それまでこの映画に一貫して流れていた空気感とは
あそこだけ全然違ってミョーに芝居がかった感じで、
正直どうかと思ったが(笑)

自分自身の言葉を一生懸命に伝えようとする
という姿勢は、
そのまま「自分自身を大切にしてあげる」という
ことにつながっていく、とわたしは思う。
ということはこの物語は、
良くある、いわゆる恋愛もの、にとどまらず、
メインキャラたちがみんなそれぞれに、
自分だけの「愛し方」「自分自身の愛し方」
を見出していく・・・という意味での
ラブストーリー、だったんじゃなかろうか。