une-cabane

ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

『パラサイト 半地下の家族』

 

原題:기생충(「寄生虫」)
英題:Parasite
ポン・ジュノ監督
2019年、韓国

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【プライド、あるいは『半地下』の意味】

この人たちは、こんなことしててみじめじゃないのかと
見ててつくづく思ったんだけど、
キム一家は、そりゃもうむっちゃくちゃ楽しそうだった。
みじめとか恥ずかしいとか、全然思っていないみたいだった。
留守を預かるお屋敷でやりたい放題酒盛りする姿を見て、
この人たちにはプライドってもんがないんだな! と。

セレブのパク夫妻が、本当に簡単に騙されてくれるので、
自分たちの方が有利にコマを進めている、という感じが
満足で、うれしくて、しかたがなかったのだろう。

だけど、パク夫妻が「におい」について語り合うシーン。
あの時、キム一家、家長ギテクに、プライドがあることを知った。
ギテクは、事業に手を出しては失敗を繰り返してきたらしかった。
韓国の起業支援制度の事情にわたしは明るくないのだが、
普通に考えて、事業を複数回始められたということは、
都度、ギテクにはそれなりの元手とノウハウがあったことになる。
だが、ギテクはチャンスをものにできなかった。
引き際を見極める力も、失敗から学ぶ姿勢さえもなかった。
幾度にもわたった失敗からギテクが学んだことがあるとすれば、
己の自尊心が傷付きすぎないように体よく「いいわけ」する術
・・・くらいのものだったのではないか。
ギテクのなかには、こんな意識が育っていたと想像する。
「今の貧乏は、不運が続いた結果の一時的なもので、
 俺たちの本当の姿じゃない」
「深い事情あって、今だけ貧乏なのだ。
 俺たちはそのへんの他の貧乏人とは違う」。
完全な「地下」でなく、「半地下」の住居に、
キム一家は暮らしている。ふみとどまっている。
ギテクのプライドが、ギリギリの所で支えているのだろう。


【『それ』だけは絶対に言われたくない】

だがパク夫妻はギテクの「におい」をあげつらう。
夫妻の幼い息子はもっと鋭かった。ギテクと同じにおいが
家政婦(実はキム夫人)からも漂っていることを指摘した。
ひいてはパク家に入り込んでいるキム家の全員が、
同じにおいを発しているのだ。だって、家族だから。
夫妻の言うのは、要するに「貧乏人のにおい」ってことだった。
悪気も何もない、本当に何の気なしの発言だった。
でもギテクにとってみれば、
洗ってもこすっても取れない、服に体にしみつくにおいとは、
「逃れようのない、生まれつきのごとき貧乏」。
つまりこれから先もずっと、貧乏人は貧乏人のままで、
そこから抜け出すことはできない。
そう言われたも同然だろう。
絶っっっ対、言われたくなかっただろうな。
実の所、自分はまさしく「それ」なんだって、
うすうす思っているフシがあったからこそ。
「計画しようとするといろいろな失敗が起こる。
 でも、計画しなければ失敗も起こらない。
 計画しないことが最大の計画なんだ」
わかったようなわからないようなこと言ってたけど、
要は人生を放棄する、ってことだと思った、わたしは。
でも、ギテクもできることなら何か奇蹟が起こって
一発逆転、良い暮らしができるようになればなあと
願っていたんだろう。
そこへきて、あのパク夫妻の言葉を聞いた。
ギテクの胸の裡の何かが、ゆっくりと、
だが決定的に、動き出したのが感じられた。


【夢は地下に潜り、絶望が地上で花開く】

結果的にギテクは敗れ、地下深くに潜った。
でも地上にはまだ彼の望みが残っていた。
長男の存在だ。
つねづね、賢い息子を「誇りに思う」と褒めていた。
地上に残ったその長男は、どうなっただろう。
彼は父あての手紙に、遠大な夢と計画を書きつづる。
韓国の高等教育や、若年層の労働環境の実態を、
わたしは良く知らないけど、
彼が大学に入って卒業したとしても、そのあとの・・・
就労の機会とかってのは、実際の所どんな感じなのか。
わたしが普通に考える限りでは、
長男が今の状況から、夢を叶える可能性は、
はっきり言って、ないに等しいのでは?
「計画」の実現の可能性がどの程度あるのか、
彼ほど頭が良ければ、わかりそうなものだろう。
というかそもそも、長男は頭を強打して、
ちょっとおかしくなっちゃったみたいだったしな。

実現不可能と知りながらプランを練るなんて、
無計画っていうのと、大差ない。
長男も、父と同様「本当は僕にはできない」と
知っているのだろう。
「俺はただここに居たいんだ・・・」と泣いた
「あの男」のようなポジションを、
今度は長男が、地上において引き受けるのだ。
どんなみじめで情けない暮らしでも、
それを不満に思っているつもりでも、
いったん現状に慣れると思考が停止してしまう。
そうなると、状況を打開しようとあれこれ思案するよりも、
ずっと同じ日々を暮らしていく方が
ラクになってしまうもんなんだよな・・・。