une-cabane

ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」


原題:GODZILLA: KING OF MONSTERS
マイケル・ドハティ監督
2019年、米

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じっくり考えたくなりますなあ、といった哲学的な要素や
心にズシンとくるような、ドラマの要素は、
言っとくがこの映画には、ない。だが、それで良いのだ。
ただ、何もありはしないのに、あたかも「ある」ような顔で、
しれっと公開しくさるのだけは、やめないか(笑)

「大切なことを忘れてた愚かな人類への神の鉄槌」
「ヒトの傲慢で大自然を壊してしまってゴメンナサイ」
的な映画を、わたしたちはいつまで作り続けるのか。
映画から「人として大切な何か」を学びますというポーズは、
もういい加減いっせーので、やめちゃいたい。恥ずかしくなる。
何回それ的な映画を作った(ふりをしてみた)ところで
テストの点数は伸びませんよ。
それは全人類共通の苦手科目だから。

 

【怪獣バトルはほんとにスゴかった】

怪獣プロレスシーンは迫力抜群!!
怖すぎて何度か「うわ」「ヒョエー」とか声を上げた。
「この怪獣たちは本当はいない」なんて信じられなかった。
いるとしか思えなかった。
いないんだよ! あの怪獣たち全部CGなんだよ!!
スゴイよね!!!

キングギドラ宇宙生物、という、
オリジナルの設定が踏襲されていた。
地球を乗っ取りかねない凶暴な外来種に、命がけで挑む
ゴジラの死闘に、胸が熱くなった。

飛ぶモスラは空を金色に染め上げて、まことに壮麗。

海底で眠っていたゴジラが、目を覚まして再び姿を現す。
起きてくるのを待っていた人間たちをギロリと一瞥すると、
しっぽを思いっきり一振りして大波をお見舞いし、
フン、という感じで泳ぎ去るシーンがかっこよかった。

エンドロールで、怪獣たちのキャストの記述が
「HIMSELF」になっていたのが、しゃれていた。


【音楽に心が躍った】

わたしでもいくつかは聴き覚えのある
元祖ゴジラシリーズのテーマ音楽の数々が 
うまくアレンジされて、作品に採り入れられていた。
そこには、オリジナルシリーズへ熱いリスペクトが感じられた。
モスラのテーマとか。すごく良かった。
エンディング音楽の「ソリャソリャソリャソリャ!」は
いただけなかったが。


【わからないことは、わからないでいいのに】

本作全体に言えることだけど、
ゴジラを始めとする怪獣たちという存在そのものや、
彼らの行動に、意味を求めすぎていたと思う。
しかも、そんなわれわれの期待に応えるように、
怪獣たちの行動は実に生き物っぽく、理解の範疇すぎた。
思えば、
シン・ゴジラ」(2016年・日本)のゴジラなんかは
生き物というよりは、「歩く原子炉」。
まあ、あそこまでじゃなくても良いかなという気はするが、
怪獣なんだから、行動の意味が人間にはわからなくて当然で、
人知が及ばない部分が、もっとあって良いのだ。
そうなっていた方が、個人的には好みだった。
曖昧な部分を残すことに、作り手が耐えられなかったのか、
すべてクリアじゃないと観衆が納得しないということか。
生まれたばかりのモスラにまで、
ゴジラが王ならモスラは王妃」だとか
「種を超えた共生関係を結んでいる」んだとか、
存在意義を見出していたのは、いかがなものか。
しかもモスラは本当に、人間が考える通りの行動をとる(笑)。
世界中の怪獣たちがこうべを垂れて
戦いを終えたゴジラに恭順を誓うシーンなんか、ヒドイ。
有翼獣ラドンは、シンプルに風見鶏だったな。
学者たちによれば、基本的にはゴジラ側みたいだけど、
ギドラにやられるとギドラにしっぽを振ってモスラと戦い、
ギドラがゴジラに負けたのを見るとゴジラ側に戻って、
どの怪獣よりも真っ先に、ゴジラに忠誠を誓う。
ダっセー(笑)。 まあ、別にいっか。


【マディソンがVIP待遇すぎる】

意味がわからないことを残すのがイヤであるらしい割に、
メインキャストのひとりである少女マディソンの
存在の意味は、まったくわからない。
マディソンはラッセル博士夫妻の娘ではあるが、
特別な技能も資格も持たない、ただの女の子だ。
そんな一般人を、ことあのような局面に至るまで、
危険な場所にいさせたのは、おかしい。
とっとと避難させるべきだ。子どもなんだし。
エマ・ラッセル博士がやろうとしていたことは
無差別テロと言って差し支えなかったから、
残酷なテロ行為の陰で犠牲になる、声なき人びとの声を
代弁する役回りが、マディソンだったんだろうと
一応理解することはできる。
でも、彼女のような普通の子が、あの場にいても良い
合理的な理由が1個もなかったのだ。ムリがあったと思う。


【怪獣よりも人間のすることの意味がわからない】

思えば、劇中、人間のすることはほぼ支離滅裂。
軍人と、博士を名乗るキャラが多数登場してたが、
世界最高の実行力と頭脳をもってしても、
かくも迷走するのが、人間社会のリアルの一側面なのか。
それならこの世界が間違った方向に驀進しまくっても、
しょうがないと思う。

エマとマークの夫婦ゲンカとトラウマセラピーに、
世界が振り回された形だ。困ったもんだ。
エマが行動の理由をみずから語るシーンがあったけど、
方法論も狙いも、言ってることがめちゃくちゃだった。
怪獣たちを人為的に目覚めさせることが
眠らせておくことよりもなお良い、という理屈の、
論理的な裏付けが、ゾッとするほど、まったくない。
怪獣たちの性質や相関関係を全然把握していなかったし、
彼らを目覚めさせたとして、そのあとどう事態を収拾するかの
方策もないのに、ただただ、たたき起こすことしか考えてない。
博士だから、学位を取得したんだろうし、
論文も公式に提出しているんだろうけど、
「博士」とは世界で一番頭が良く、言い分が全部正しい人、
ということじゃない。
むしろ誰よりも厳しく論駁され批判され疑われて闘う人だ。
彼女の理論に疑義を呈した人が、同業者のなかに、
いないかのように見えたのは、すごく疑問だった。
そんなことはありえないと思う。
研究者は、人知れず研究開発するなんてことはできない。

マークは学者なんだか写真家なんだかそれとも兵隊なんだか
よくわかんなかった。
なぜあんなに銃器の扱いに慣れているのか(笑)。




チャン・ツィイーは・・・】

チャン・ツィイーがアイリーン・チェン博士を演じていた。
な~んでチャン・ツィイーが出てたのかなーと思ったけど
モスラ」の、双子の妖精さん(「モスラ~ヤ♪」って歌う)
のキャラが、一部、彼女に投影されていたのかなと。
モスラが出てくるってことは妖精さんも登場するかなと思って
内心楽しみにしていたのだが、結局出てこなかった。
だから、アイリーンが妖精さんの役割を担っていたのかもと。
本作は、とにかくムダに情報量が多い映画だったから、
妖精さんが出てこなかったくらいのこと、特に不満はない。
もし出てきてたら、多分もう、おなかいっぱいだった。
アイリーンには双子の妹がいて、揃って学者だという。
代々、双子が生まれる家系だそうだ。
いてもいなくても良いキャラだった気がするが、
彼女は、セリザワ(渡辺謙)のために泣いてくれた。

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お絵描き中。