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ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

『貞子』


中田秀夫監督
2019年、日本

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あんまり怖くなかった。
ホラー映画が苦手なわたしでも、
目をつぶることなく最初から最後まで観ることができた。
怖くないことは、まことにけっこうだ。



【あの頃は良かった・・・(遠い目)】

『リング』(中田秀夫監督、1998年、日本)
怖かったけど、好きだったな~。
陰険で、ネチネチしてて。
「日本のホラー」って感じがした、というか。
流血、絶叫、化け物のおぞましい姿が怖いのではなかった。
怖いのは、「死ぬかもしれない」ことだった。
何も、観てるこっちまで怖がる必要はないのに
わたし本気で震え上がった。
「死に至る呪いから免れるために他人を陥れる」
・・・そんな、人間の罪深い所業が、
呪いとの対決の過程に否応なく組み入れられるところも、
イヤ~な後味を残してきたな。

 


【怖くなかった&おもしろくなかった】

繰り返しになるが、
本作が全然怖くなかったことは、
わたし個人には、ありがたかった。
怖い映画は本当にイヤだ。
ただ、まあ、怖くなかったんだよなあ(笑)。
それに、お話がおもしろくなかった。
おもしろく感じさせるために必要な説明が
尽くされていなかったのが
重大な問題だった気がする。

『リング』において、
山村貞子の呪いが、なぜ恐ろしかったかというと、
発動条件と抑止方法に、法則性が見出されていた一方で
強い拡散性があったことだったのかなと。
うまく言えない・・・。
要するに、呪いが自分の身にふりかからないように
しようとすればするほど、ますます拡大しちゃう
っていう仕組みだったわけだよ。
このように、全部じゃないにしても
判明しているルールやヒントがちゃんとあって、
じゃあどうしようかっていうところが
観てて楽しいポイントだったのではないかなと。
ところが、本作『貞子』は、よくよく考えてみると
ルール、つまり観る上でのとっかかりとなるものが
まったくなかったなと。
貞子がどうして出現するのか、
呪いの発動条件は何なのか、
どうしたら救われるのかが、
全然わからなかったのだ。




【「撮ったら死ぬ」って言うけど・・・】

ごく簡単に言っちゃうと、本作は、
たった一人の弟を救い出そうとして、
貞子の呪いに立ち向かう、姉の物語。
彼女の弟は、駆け出しの動画クリエイターで、
貞子の呪いうずまく、ある場所を収めた動画を残して
姿を消してしまったのだ。
予告編などのキャッチフレーズには、
「撮ったら、死ぬ」とあった。
じゃあ、弟は動画を撮っちゃったから呪われたのかなと。
ここまでは一応、考えることができる。
けど、動画を撮ったから呪いの犠牲になった、と
明確にわかる例は、本作を観ていてもこの弟の一件だけ。
他にも何人かが、貞子の出現に遭って死ぬんだけど、
彼らは動画なんか1本も撮影してない。
これと言って何もしていないのに、突如として死ぬのだ。
なんで!!!
じゃあ弟は!!!

キャッチフレーズに、
わたしがこだわりすぎているのかなあ。

短編小説や1時間ドラマだったら、
不条理モノも、おおいにアリだと思う。
理由はないけど、とにかくおかしなことが起こります的な。
だけど、長編には、論理性をもう少し要求したくなる。
どうして呪われるのか。
呪われるといかなる過程をたどるのか。
呪われずに済むにはどうしたら良いか。
このへんがはっきりしない本作は、
「やばい、呪われてしまった!
 このままでは死ぬかもしれない」
とは、ならないし、怖さが長続きしない。

許諾もなく動画を撮影されて腹を立てた貞子が
撮った者たちを皆殺しにしていく、
動画を観た者たちもみんな死んでしまえ。
ってことだったら、まだ理解できるけど
これだと完全にモンスターだよね(笑) 

 


【キーパーソン臭がスゴイ少女の謎】

本作が、わけわかんなかったのには
他にも事情があるような気がしていて。
それは、ある女の子の存在だ。
彼女には戸籍がなく、名前も与えられていない。
自称霊能者の母親により、マンションの一室に監禁され、
学校教育も受けられず、ひっそりと生かされてきた。
母親は、娘が「山村貞子の生まれ変わり」だと信じ込んでいて
そういうことを世間に触れ回ったりしたのが良くなかったのか、
ご近所から「ペテン師」呼ばわりされ総スカンをくらうようになり、
進退窮まって娘とともに焼身自殺を図ろうとする。
しかしそのとき、奇妙な力を発動した少女は、
ただ一人、生き延びることとなった。・・・

本作のストーリーは、この女の子の物語から始まる。
以後、女の子の行く先々で不思議なできごとが。
彼女が、物語のキーパーソンであることは確実だった。
少女の正体をつまびらかにすることが、
山村貞子の呪いの謎を解明することにつながる的な
流れになるだろうなーと、思わずにはいられなかった。
けど、結局のところ、
少女と貞子に具体的にどんな関係があるのか
明らかにはされなかった。
結果的に、ヒロインの奮闘により、
かわいそうな少女の心は救われたが、
発動した貞子の呪いがそれによって止まるとか、
その手の変化は皆無だった。
なんなんだ・・・

別れを告げる少女の最後のセリフは、
彼女の立場を多少ほのめかしてたけど、
「山村貞子の生まれ変わり」であるということの
証明になってたわけでは必ずしもなく。
「撮ったら、死ぬ」をさておいても
(さておきたくないんだけど笑)
まあ、この女の子が、貞子の呪いを現代に伝える
触媒的な存在であったことは、間違いないのかなと。
でも、そこについて言及することを
なぜだかかたくなに拒んでくる本作の展開は解せない。




【岩場のおばあちゃんは、ある意味怖い】

解せないと言えば、クライマックスの岩場に現れる、
おばあちゃんの存在も相当に奇っ怪だった。
「ここには近寄るでない!」と自分で言っておきつつ、
誰もそこまで聞いてません!ってことまでペラペラと
土地の歴史や貞子の秘密をしゃべってくれるのだ。
冒険もののRPGのイベントとか
昔のマンガに出てくる呪術師のばあさまを地で行く
ステレオタイプな演技と棒読みにちょっと笑った。
おばあちゃん、誰!!!

 


【貞子は何のために現れるのか?】

どんな形であれ貞子のことを強く思ってくれる人
そしてできれば霊的能力の強い人、
そんな人間を触媒として、
貞子の思念は何度でも黄泉がえる・・・
みたいなことを言いたかったのかなあ。
加えて、今回は、
虐待や育児放棄を受けたつらい過去を持つ人を
引きずりこもうとする、貞子の姿も見られた。
ヒロインの弟が残した動画に写り込んでいた
大量の人の頭蓋骨の映像なんかは、
貞子の犠牲となって海に消えた
かわいそうな人たちの骨、ってことかな。
でも、なぜ貞子は無関係の人びとを連れて行くのか。
少女を依り代として現代に復活したかったとしても、
なぜ、復活したかったのか。


【映画の方から、ウンともスンとも言ってこない】

うーん・・・。
いやさ、観た映画についてなんて、
考えようと思えばいくらでも、考えられちゃうんだよね。
大切なのは、「誰がどう考えてもこうだよ!」と
映画がしっかりと思わせてくれるかどうかっていうこと。
映画の方から、少しは何か、訴えかけてきてくれないと。
解釈は観る人の自由、なんてのは程度問題で・・・、
「赤」って言ってることを、「白」って解釈しちゃダメ!
そんなレベルの論理的な整合性は確保して欲しいね。
「自由」というものをさ、
迷走しちゃってまとまらなかったものを
観る者に丸投げしたことの、いいわけにしちゃいけない。


【好きだったところもなくはなかった】

文句ばっかり言っちゃったけど、
好きだったなと思うところもちょっとはあって、
例えば、ヒロインの弟が残した動画なんかは
けっこう真に迫る気味の悪さに充ちていた。
いったいどんな恐ろしいものを目撃したのか、
それほど明確には描写されないんだけれども、
目をまんまるにし、実況する心の余裕も失って
脱兎のごとくその場を離れる弟の姿から、
とんでもないもん見ちゃった感が
良く伝わってきた。
そんな彼が、自作のコンテンツのシメにかます
サム~い一発顔芸がある。
いくら劇中のフェイクコンテンツにしたって
ひどいな、と思うくらい、幼稚で、つまんない芸だ。
でも、彼がこの芸にこだわるのには事情があって、
それを知った時には、わたしもちょっとじーんときた。
まったくしょうもない、甘ったれの弟なんだけれど、
たった一人の姉に笑って欲しい、ほめられたい、
いつもそれだけが、彼の行動原理だったというわけで。

思い込みが強く、セラピストにべったりすがりつく
困った患者を演じた、佐藤仁美も良かった。
何が、ってほどでもないけど・・・。
許可もなく診察室に忍び込んで花を生けたり。
セラピストと食事の約束をしたのよ、と言い張ったり。
そうかと思えば突然感情を爆発させて、
「あたしはこんなにやってあげているのに
 なんでこんな思いをさせられなくちゃいけないのよ!」
喚き散らすところなんか、かなり歪んでるなって感じで。
貞子なんかよりも、このシーンの佐藤仁美の方が
わたしは正直怖かった。