une-cabane

ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

『彼女がその名を知らない鳥たち』

白石和彌監督
2017年、日本

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沼田まほかるの同名の小説が原作となっている(幻冬舎文庫)。

www.gentosha.co.jp


8年前に別れた男を忘れられないヒロイン・十和子が
さびしさを埋め合わせるために選んだ同棲相手は、
15歳年上の陣治だった。
十和子は不潔でみっともない陣治を毛虫のように嫌うが、
生活能力も生きる気力もないため、彼と離れられない。
そこへ、かつての男が行方不明になっているとの情報が。
十和子は陣治が彼を殺したのでは、と疑い始める・・・。


この映画、
わーーースゴイ良かった! と思うほどではなかったが
(もし完全オリジナル脚本だったら話は別だった)
原作の小説を読んだ立場から言わせてもらえば、
原作ありの実写映画作品としては成功していたと思う。
観るのが全然イヤじゃなかった。

映画化するにあたって、
原作の物語のなかの「恋愛」の要素だけを取り出し、
凝縮して描き出した映画として仕上げられていた。
それは妥当な所だったと思う。
原作は、明らかに何かもっと入り組んだ物語だった。
ヒロインの内面の異常性の描写にももっと力を入れていた。
でも、その手のことを映像で表現するのはほぼ不可能だろう。

原作のエピソードの換骨奪胎が大胆になされていて、
それらの多くは成功していた。
特に、十和子と陣治の出会い~これまでの思い出を
最終局面で早足で一気に描き、そこにおいて
「かつての陣治」と「今の陣治」のイメージの落差を
鮮やかに示していたのが、うまかった。
小説では、ふたりの出会いや思い出のエピソードは、
もっと序盤の方から前もって、
所々に差しはさむ感じで説明されていく。
映像を観て気づかされたことなのだが、
十和子と出会って間もない頃と「現在」の陣治は、
別人かと思うほどイメージが違うのだ。
十和子と出会った頃の彼は
白シャツにスーツ姿が多く、肌も今よりは日焼けが目立たない。
原作では、当初は一流建築会社の施工管理か営業職だったのが、
転職を繰り返すうちに条件の悪い職場の肉体労働へ、という設定。
現在の陣治は服も顔も全身真っ黒で汚らしく、土方焼けもひどい。
白髪の混じったぱさぱさの髪がのびて、フケもありそうだし、
言いようもなく不潔な感じで、見られたものではない。
・・・その違いが早足の回想を通してクッキリ示されるのだ。
映画で、彼の転職歴なんかいちいち言葉で説明していたら
煩雑になる・・・というのもあったのだろうが、
「昔の陣治像」をいちどきに集約してわかりやすく示し、
イメージの落差を見た目ではっきり打ち出したことによって、
「映像化したかいがある」効果を生んでいて、良かった。
というのも、陣治は終盤において、
「十和子が思い出したこと 俺が全部持っていったる」
幻冬舎文庫 381ページ、映画版にも同様のセリフがある)
と言い放ち、ある驚くべき行動に出るのだ。
陣治は、十和子の傷を肩代わりするために生きてきた。
傷を引き受けるたびごとに、彼は薄汚れていったのだ。
これ以上背負えないという段階に来た時、
残された選択肢があの行動だった、ということになる。
元はそこまで見てくれの悪い男でなかったのが、ああして
どんどん汚く黒っぽくなっていったのは、
十和子の傷を自分の身にかぶっていったことの証、
と解釈できるようになっていたわけだ。
映像作品だからこその、うまい演出だったと思う。

一方、ちょっといただけない所もあった。
映画を実際に観て確認していただきたいので、
詳しくは書かないが、
原作にはなかった「国枝」との再会の場面を
映画で入れてきたのは、余計な脚色だったと思う。
(国枝って誰だよ! って話なんだけど、
 映画を観るか原作を読んでご自分で確認を・・・)
ああいう時に、
「わたしちょっと出かけなくちゃいけないので」って
ホストが席を外すことって、ないと思うんだよな。
普通に考えてもちょっと・・・。
こんなの、原作にあったかな? と思って
小説を読み直したが、やっぱり、なかったね。
映画で追加されたのだ。あれはいらないだろ。 
おばけかと思って本気でゾッとした。

でも全体としては、
「映像化なんて余計なことしてくれやがって」
と思わされるような作品では決してなかった。
映像であることの強みを活かして演出を工夫していたし、
それは多くの場合、成功していた。

何と言っても
十和子役の蒼井優と、陣治役の阿部サダヲ
このふたりあっての映画化だったろうな。
阿部サダヲだと、陣治が良い男すぎるかもしれないけど、
こう言っちゃなんだが
いろいろ、ちょうど良い所ではないかなと。
本気で気持ち悪い男すぎてもダメだし、
気持ち悪い男が似合わなすぎてもダメだし。

「なんやねんタッキリ・マカンて!」には
笑っちゃ申し訳ないんだが声を出して笑った。