une-cabane

ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

『ムーンライト』

原題:Moonlight
バリー・ジェンキンス監督・脚本
2016年、米

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www.youtube.com

この映画がアカデミー賞を獲った時、
映画館で公開されたけど、
その時には観なかったので、今観てみた。

製作会社「A24」の社名を最近目にすることが多い。
今すぐに出てくる限りでは確か、
『ミッドサマー』『手紙は憶えている
エクス・マキナ』のオープニングで
「A24」のロゴを見たと記憶している。
この3作品はわたしはどれも大好きだった。
めちゃくちゃおもしろかった。
ノッてる製作会社なんですかね~。
(良くわかってない・・・)

『ムーンライト』は個人的にはまあまあ、かなあ・・・。
なんか、批判しちゃいけない雰囲気を感じるんだけど(笑)、
とにかく大人しすぎる。
2時間、ほとんど何も起こらないではないか。
それに、びっくりするほどパーソナルな物語だった。
同じ年に、これとアカデミー最優秀作品賞を争ったのは、
ラ・ラ・ランド』じゃなかったっけ??? 
テイスト的に対極すぎるよね!
アカデミー賞、懐が深いなあ(笑)。

細部の描き込みは、もう少し欲しかったよな~。
シャロンの生活ののっぴきならなさが十分に伝わらない。
こんな風に言ってはアレなのかもしれないんだけど、
あれだと母親のポーラが、「まとも過ぎる」と感じた。
テレビは観ちゃダメ、本でも読んでなさい、と言ったことで
「(子どもには言えないけど)電気が止められている」
ということをほのめかしていたのは、うまかった気もするが。
なんかな~。
シャロンのつらさをもう少し濃いめに伝えて欲しかった。
この物語は、シャロンが、長い長い闇夜のような孤独の中で、
誰か一人でも良いから心をつないでくれる人が欲しいと願う、
その切なる思いをたどるものだった、とわたしは思う。
そのためにはやっぱり、彼の環境をもっと過酷なものに
しなくちゃいけなかったはずだと思うのだ、
特に家庭環境を。

でも何もかもがダメだとはまったく思わなかった。
良い所もたくさんある映画だった。
シャロンは繊細な性格で、比較的、頻繁に泣くのだが
その泣くシーンがいつも本当につらそうで、とても良い。
唯一の友だちのケヴィンに裏切られた形となってしまい、
同級生の集団リンチに遭った所を救護されたシャロンは、
カウンセラーに、いじめのことを打ち明けるよう促されるが
「何も知らないくせに」と、むせぶように泣いた。
あの場面には、わたしも観ていて胸が痛んだ。
シャロンの苦悩は、とても深い所にあったのだろう。

暴力を振るわれた経験はわたしもあるので想像がつく。
暴力を、肉体に受けると、壊れるのは体だけではない。
心の真ん中の、芯の部分、自尊心とでも言えば良いのか、
ともかく人が生きるうえで非常に重大な心の部分が、
狙いすましたように、激しく損なわれるものなのだ。
具体的には、体を殴られると、
自分はこういう風に扱われて当然のゴミみたいな存在なんだ、
という気持ちが生まれる。
ものすごく陰惨で、強固にいじけた、弱よわしい気持ちだ。
変だと思うかもしれないが、たった1回の暴力でも、そうだ。
とてもじゃないが自分ひとりの力では立ち上がれない。
そんな、心の奥の奥の方なんて、他のことではそうそう
簡単に揺れ動かないはずなのに、肉体への暴力は、
非常に的確にそこを突いてくるから、とても不思議だ。
こんなに激しく心を破壊されたら、生きていくことが
きわめて困難になってしまう。肉体への暴力は、
心にそのくらい強く影響を及ぼすものだ。

でも、誰かを大切に思うこと、この人が好きだと思うこと、
その気持ちも、自尊心を高めて、心の芯の部分を温め、
生きていくことができると思わせてくれる、得難い感情だ。
ケヴィンに殴られたシャロンの痛みは、だからこそ強いのだ。
ケヴィンに殴られたけど、シャロンはケヴィンが好きだった。
気が弱く、あまり自己主張をするタイプではないシャロンだが、
ケヴィンを思う気持ち、これだけは何があっても譲れなくて、
誰とも分かち合えない。
だからケヴィンに殴られ、ケヴィンが好きだという気持ちは、
シャロンだけの苦しみなのだと思う。他人にはわからない。
彼が「何も知らないくせに」と言って泣いたのは、
それだからだったのではないだろうか。

母とシャロンの和解の場面も、決して悪くなかった。
あんなに簡単に和解できてしまう展開それ自体は、
何だかイージーだな~! と思ったけど・・・。
ここでも、シャロンは少しだけ泣く。
母親の謝罪の言葉を聞いた時、シャロンの左のほほを
一筋、涙が伝って落ちたのがあまりに痛切で、美しかった。
何か、ああ、もうこれで良いや・・・という気になった。

良いんだよね~あのシャロンのキャラクター。繊細な・・・
子ども時代/10代/成人後と全部違う役者が演じていたけど
ナイーブな性格をずっとちゃんと受け継いで表現していて
素晴らしかったと思う。

基本的には正直言ってわりと退屈な物語だったが、
シャロンとケヴィンの再会~ラストシーンまでは、
ラブストーリーとしてなんだかすっごくドキドキしちゃった。
お店でケヴィンがかけてくれた音楽が
バーバラ・ルイスの『ハロー・ストレンジャー』なのが
泣かすよ。
「とってもしばらくだね、会いに来てくれてうれしいよ」
そんな、古い顔なじみへの優しい呼びかけの歌だと思う。

良く見るとシャロンの車のナンバープレートが
「BLACK305」になっていた。この「BLACK」は、
子どもの頃、ケヴィンだけが用いた、シャロンの愛称なのだ。
シャロンが打ち明けた通り、彼にとっては今までずっと、
かつてのケヴィンとの思い出だけが心の拠り所だった、
ということなんだろうね。

ケヴィンとは過去にはあんなできごとがあったけど、
シャロンは最初から、彼を赦していたのかもしれない。