une-cabane

ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

『スチームボーイ』

英題:STEAMBOY
大友克洋監督、2004年

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www.youtube.com
大友克洋監督の長編アニメ映画としては
有名な『AKIRA』よりも、この作品の方が好みだった。
AKIRA』も大好きだが。

雰囲気が明るくて、楽しく観られるのが良かったのかも。

「お決まりの展開」的なものを、
首の皮一枚で躱していくやりくちが憎い。
例えば終盤で、ロイド老が
ここはわしに任せて早く行け! 的なやつを
カッコよくキメたつもりが、レイに
イヤおじいちゃん、そうじゃなくて! 
とツッコまれる所とか。

ドラマよりも作品世界の描き込みに傾注しすぎたために
ドラマにいくつかの問題が生じたことは否めないと思う。
大友克洋監督は本当に、こういう
人間が、有機的な存在へと進化していく無機物に取り込まれる、
みたいなのが、やりたいんだな。すっごくそれはわかる。
そして大友監督には、それができる。
すごいもんな。この徹底した描き込み。
どのシーンでも、どこで一時停止しても、
画面のすみからすみまで惚れぼれ見入ってしまうもん。

でもなあ(笑)
この映画は、おもに少年少女に贈る「冒険活劇」に、
なろうとしていたと思うんだよ、最初はちゃんと。
それが途中から、作品世界にドラマが併呑されていき、
何だかちょっと良くわからないバランスになっていった(笑)。
元もとは、言わば壮大な父子ゲンカの物語だったのが、
後半になってくるとそれとはあまり関係のない線で、
いろいろと、大規模すぎる騒動が起こってしまい
(ロンドン壊滅規模の大戦闘とか)
わたしなんかはそれであっけにとられているうちに
「物語」を完全に見失ってしまった。
エドワードの腕がああなったのを見た時、
ドラマとして共感することはもうあきらめた・・・。

どこから、とはハッキリと言えないのだが、
この映画を作っていくうちに、ちょっとこう・・・
監督自身、「あ、しまった、マズったかも」と
思ったんじゃないだろうか。
そう思われるフシがあった。

まずキャラクターの造型と人間関係の設定に、
一部、不自然さを感じる。
正直言ってロイドとエドワードが実の父子とは思えない。
とはいえエドワードが父に他人行儀なのは別にかまわない。
父親が息子に一定の距離感を要求する場合も実際あるだろう。
そんなことで本当に血が繋がってるの? とか疑いはしない。
そうではなく、序盤で一瞬映るスチム家の家族写真と、
レイの母の、ロイドへの接し方の親密さから考えた時、
ロイドとエドワードが実の父子という設定に違和感があった。
むしろエドワードは「ロイドの弟子/スチム家の婿養子」。
この場合、自然に感じるのはそっちの気がした。
だが、公式サイトのレイの母の人物紹介ページで
ロイドは彼女の「義父」と紹介されている。↓

::STEAMBOY::

だからロイド老がレイの母の実父でないことは確かなのだ。
再婚やら養女やらの可能性まで考えなければだが、
レイの母が、エドワードに嫁いだことによって、
ロイドが彼女の義父となった、それが事実だろう。
ロイドとエドワードは実の父子なのだ。
でもなんかそれが印象としていまいち腹落ちしないのだ。

でも、ロイドとエドワードが本当に実の父子なのかどうか
それ自体がどうこう、と言いたいわけじゃない。
わたしが言いたいのは、
「壮大な父子ゲンカ」の顛末の物語にも関わらず、
「実の父子じゃないんじゃないか」とか鑑賞者が疑っても
しかたがないような部分をなぜ残したのかということだ。
ここは、はっきりさせるべき部分だったと思う。
でも、劇中ではいっさい説明がなされなかった。
血のつながった親子であろうが、
婿養子であろうが、それはどちらでも良い。
大友監督ならいずれにせよきっとおもしろい話に仕上げた。
問題は、ふたりの関係が「良くわからない」せいで、
ふたりのケンカにも共感しにくい、ということだ。

レイが、城の内部に隠された無数の兵器を発見した時に、
オハラ財団の者たちに自宅を壊されたことを思い出して、
くっそー、と歯がみするシーンがあったのだが、
なんならあのへんとか30秒くらい削ってでも、
ロイドとエドワードの関係を明確にするべきだったと
わたしは思うけど、どうだろう(笑)。
あのレイが「家で暴れられたんだよな~、クソ~」と
思い出すシーン、あれ、正直要らなかった・・・
「見識なき破壊行為への烈しい怒り」は
スカーレットが抱いた感情だ。
美しかった博覧会の展示が破壊されていくのを
目撃した彼女は「ひどい!」と腹を立てていた。
同じ気持ちをレイも抱いた、ということであれば、
これは、作品にとって大切なテーマのひとつだと思う。
ならばもっと前もって、
何なら財団に家を襲撃されたその時に、
「くそ! 何てひどいことをするんだ! 僕の家を!」
と、レイに激怒させるべきだったのではないか。
でも実際にはレイはあの時、いち早く家を脱出していて
我が家が本格的に破壊された所を目撃していないのだ。

この通り、個人的に、
「ここで一言、説明しておいてくれたら」
「もっと前の段階で布石を打ってくれたら」
と思われる所がちらほらあった。
わたしでもそう思うくらいなので・・・、
生意気かもしれないけど、大友克洋監督だったら
気付いたんじゃないかなあ? と思われてならない。
出来上がってきたものを見て初めて気づく問題や
修正すべき微細なバランスの狂い、みたいなものも
きっとあるのだろう。
そこで補正が可能なら良いのだろうが・・・。

まあそんなこんなで、
惜しい! と思った部分がなきにしもあらず。
でも、冒険活劇として十分に楽しめた。
長々述べたので、ここに書いたことが、
あたかもこの作品の重大な欠陥かのような
印象を与えてしまったかもしれないけど、
「改めて考えてみるとちょっとアレかな?」
と思った程度のものだ。

楽しく観られるので、ぜひ機会があればどなたにも
おすすめしたい。