une-cabane

ユヌキャバンヌの「昨夜も映画を観てました」

『アンカット・ダイヤモンド』

原題:Uncut Gems
ジョシュ・サフディベニー・サフディ共同監督
2019年

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個人的には趣味じゃなかったし、
物語としてもさほどおもしろい、って感じじゃなかった。
これが傑作かどうかという話となると、良くわからない。

だけど、とにかくすさまじい爆走感に押し切られた。
圧倒されるままに最後まで観ちゃった。
終盤30分くらいから展開にますますドライブがかかって、
なんか、嘔吐を催すほどだった。
おしゃれで奇妙にイノセントなあのBGM、良かった。

また「A24」か~。「A24」最近良く見かけるなあ。
「A24」が噛んでる映画には、してやられる率高いな。

『アンカット・ダイヤモンド』の主人公・ハワードは、
結構やり手の宝石商だが、ギャンブル狂で借金まみれだ。
儲けた金も借りた金も商品までも賭けに回してしまうし、
それでスッてまた借りるので、自転車操業どころじゃない。
取り立てから逃れるために、違法行為にもバンバン手を染め
金策に駆けずり回る毎日を送っている。
そんな時、エチオピアから横流しさせたオパール鉱石が到着、
これにNBAのスター選手ガーネット(本人)が興味を持つ。
よせば良いのにハワードは、これこそ最大の好機とばかり
あまりにも危険な、一攫千金作戦に売って出る・・・

口先だけで生きてきた、って感じの男だ。ハワードは。
「俺以外の人間は全員サル」とか思っている印象。
私生活も最悪で、店の女性スタッフとの不倫関係は
とっくに妻にバレてて離婚寸前なのだが、それでも
家庭の中にまだ自分の居場所があると思いたいのか、
ガラでもない家族サービスに一生懸命だったりする。
ダメ男としてきわめて純度が高い。
アダム・サンドラーの演技、完璧だあ。
人をバカにしくさった顔、腹立つ(笑)。

元もとハワードの人生は詰んでいた。
彼はオパールを起死回生のトラの子と考えていたが、
実際にはむしろ終局への鍵だったのではないか。
神秘的な輝きを放つあの美しい石が、
彼の最後のベットを根こそぎ刈り取っていった。

取り立て屋に殴られて鼻血を出して
ひいひい泣いているハワードを照らすのは
宝石の高貴な輝きではなく、
ポンコツ事務所の安っぽい蛍光灯だ。
どんなに背伸びをしても、
それが彼の、本来の、現実なのだと思った。

イヤ~それにしても
この映画に登場する他のどのキャラクターよりも
ハワードが一番、人生を楽しみまくってたな。
喜び、哀しみ、恐怖、あせり、ありとあらゆる感情が
寄せてはかえす大波のように襲いかかってきて
ギャーギャー叫んだり泣いたり大騒ぎなのだが
首の皮一枚で全部乗りこなしてくる。
何だこのおっさん(笑)
怖くないのだろうか。懲りないのだろうか。
バカをやめてまっとうに生きようと思わないのか。
わたしには到底理解できないけど、
ハワードはめちゃくちゃ楽しそうだった。

「金の切れ目は縁の切れ目」と言われるが、
ハワードの縁は不思議なことにすべて
「金がないこと」によってできていた。
映画を観れば誰でもすぐに気が付くと思うが、
劇中で、「ハワード」の名が呼ばれる回数の
多いこと多いこと。
何百回「ハワード」って言うの、この映画!
明らかに意図的な演出だ。
金がないハワードなのに、金がないことによって、
人を引き付け、人に必要とされている。
不倫相手なんか、ハワードのこと大大大好きだし。

ショールームのセキュリティシステムが故障してて、
客を、扉と扉の間の狭い空間に閉じ込めてしまう、
という謎の設定があった。誤ってロックがかかると、
1メートル四方くらいのガラス張りの小部屋ができ、
どちらかの扉が開くまで、そこで待たざるを得ない。
普通そんな所で立ち止まることなんてないだろうから
エアコンも効いてないと思う。夏場とかきっと最悪だ。
この設定、いったい何だろう、と思ったのだが、
あの狭くて小さな空間は、
ラストのカタルシス展開へのパワー充電機だろうな。
小部屋に閉じ込められた人は、カギが開くまでの間、
ハワードがめっちゃくちゃ楽しそうにしている所を
イヤというほど見せつけられることになるのだ。

債権者を含め自分と関わる人たちをナメ切ってて
不誠実な対応を繰り返すハワードに「理」はない。
ハワードのせいで、誰もが割を食わされてる。
理があるのはみんなで、悪いのはハワードだ。

でも世界一、人生楽しそうなのは、ハワード(笑)。
お前はもっと困れ! もっと申し訳なさそうにしろ(笑)。
そんな奴にあんな「ウェーイ!!!」ってやられたら
誰だってたまったもんじゃないよ。
妬まれたんだよ、ハワードは結局。
何か、妙~~に気持ち良い結末だった。
ああなるしかなかったと思うわ、正直。

どういう時に観れば良いのだろう、この映画は。
すごく悩んで人生行き詰った時に観ると良いのかな。
言うても自分はハワードほどじゃないな、と思えて
気がラクになるかもしれない。